鎖とその男に関する記録
Chapter3-10 [1/2]
その日キジキス邸に政府の人間が入り、大量の薬が発見された。話によると薬は小麦の袋の中に隠されており、密告に密告が相次いですぐに発見の憂き目に遭ったらしい。当主のビンラオ・キジキスは即座に拘束され、息子のオズワルド・キジキスは王女と書斎にいたところを拘束された。
「どうしてあなたたちがここにいるの!?」
王女は部下たちに激怒し、キジキス家の汚職について聞かされると根拠もなしに嘘だと連呼したという。一方オズワルドは彼女と対照的に静かだった。
「嘘、嘘よ。この人まで連れていかないで。やめてよ、この人に罪はないんでしょ!? お願い、やめてったら!!」
「姫」
彼は王女を制すると、持っていた本を手渡して、沈んだ顔で微笑んだ。
「僕の父上は、ここまで来るためにいろんなことをした。僕も」
王女の泣き顔が歪む。歪んでくれることをいとおしく思った。
「父上は、あれは欲望のままに生きてきた人だ。僕はそれを止めなかった。いろいろなものを失うのが、怖かったから」
――いろいろなものを失って、ひとりになる。
誰もその孤独から逃れられない。
「孤独を踏み越えていけるような、強い人に……あなたの父上のようになりたかった。弱いということは決して清らかということじゃないんだ。だから罪を受け容れる。僕は父上の罪を裁くことも、父上のせいでいわれない傷を受けた人に何かを償うこともできなかった」
「そんなことない。あなたは捕まることなんかないんです、ここにいてください!」
「そうはいかないよ。お別れだ」
王女は泣きながら彼に抱きついたそうである。人目も気にせずに、自分が王女だということも忘れて。痛ましい泣き声だった。泣けば何もかもうまく解決すると思っているような、願っているような、そんな泣き声だった。
オズワルドは無言でそっと彼女を抱いてやると、一瞬腕に力をこめて彼女を放した。
「お元気で」
そのまま彼は連行されていった。反抗するでもなく、王女の名を呼ぶでもなく、流れに従う笹舟のような背中。王女は黙ってそれを見ていたという。そして手渡された本を抱え、城へとぼとぼと帰っていったということだ。
* * * * *
キジキス邸から帰る時、セフェリはまたもある男の姿を見かけた。押収された薬が売り出されたのか、街をゆく人々の多くが嬉々として薬を買ってゆく。どうやら彼もその一人らしかった。
「やったねえ、マリノさま!」
「これでタオさんも治るね!」
小さな子供たちが彼の周りをちょこちょこと歩いている。それもたくさん。かるがもの親子が歩いているようだった。
もう日が暮れかかっていた。彼らは大声で童歌を歌いながら彼女の前を歩き去っていった。あの男までもが子供たちに合わせて歌っているのだった。
「……あかい……おそらは……おうちにかえろ……あしたははれる……はやく、ねよ……」
かぼそく童歌を口ずさみながら、彼女は城へと帰りついた。
「……あしたは、はれる……はやく、ねよ……」
いつしか童歌の一説を繰り返し歌っていた。誰も声をかけてくれない。ぽっかり心に大穴があいた。あの男のいつになく満たされた姿をどうしても自分と比べてしまう。
あの頃に戻りたい。何にも要らない。また普通の暮らしをして、もう一度オズワルドと恋をして、身分にとらわれることもなく一緒に暮らしたい。だがそれもかなわぬ夢なのだろうか?
夕食を食べに部屋に入ると、そこにはヴィークラムが一人で待っていた。彼は何もかも知っているのだろう。実に辛そうな目をしている。
「お別れだって言われちゃった」
それだけ呟いて席につく。辛いのにうわべだけ笑っている。彼はそれを見てしばらく黙っていた。ろうそくの明かりが懐かしく灯っていた。
「セフェリ」
ヴィークラムは穏やかな声で彼女の名を呼ぶと、テーブルに手をついて深々と頭を下げた。
「すまなかった。辛い目に遭わせたな」
……何を謝ったのだろう? 辛い目になら数え切れないほど遭った。だが誰にこの男を責められよう。この男はずっと自分のために真剣に悩み、苦しんでくれたのだ。それ以上に自分は何を期待していたのだろう?
「……おじさんは、悪くないよ」
平凡な台詞を言うのが精一杯だった。涙ばかりが出てくるのだった。
セフェリはテーブルに泣き伏せった。悲しみを食べて消化するにはそれしかなかったのである。食べても食べても減らない悲しみと知っていても、何もせずにはいられなかった。
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