鎖とその男に関する記録
Chapter3-11 [2/2]
何も持たない、身ひとつの平民の男。
馬車が走り出す。目を剥いたオズワルドと御者を置き去りにして。
「二人とも頑張れよぉ!!」
抜けた空のように陽気な笑顔。それは故人のものであるはずだった。御者がフードを脱いで大声で叫ぶ。
「おじさーん!! ……ありがと――っ!!」
長い黒髪が風になびいた。彼女の瞳には涙が光っていた。夢、幻、あるいは奇跡だろうか? 否、そのどれでもありえない。
「姫……どうしてここに!?」
「バールさんとカドゥーミさんが逃がしてくれたのよ。でも、もう姫じゃないわ」
セフェリはいつまでも馬車の背中を眺めていた。馬車はどんどん小さくなる。
「国王と王女は死んだの。ここにいるのはあなたの婚約者よ。それだけ」
父親が遥か彼方へ遠ざかっていく。
「おじさんも、やっとただの人になれた」
セフェリは小さな馬車に手を振った。
彼女の父親は彼女を置き去りにした。
だが、さよならとは言わなかった。
* * * * *
――奴隷王朝の最初の王ヴィークラムは西暦一二〇八年に娘の手で殺されたということになっている。奴隷王朝はその後一二九〇年まで続いた。
バールとカドゥーミはその後王を持たない政治を行い、最後まで民衆のために働いた。二人はそれぞれに家庭を持ち、よき親友であったという。
マリノはタオとその後晴れて夫婦となり、三人の子供をもうけて私塾を開き、教師として子供たちの信望を集めた。
セフェリは記録上は監獄の中で一生を終えたことになっているが、実際は遠方の町で夫のオズワルドの商売を手伝い、商魂たくましい主婦になったそうである。七年間の数奇な物語はこうしてとりあえず終わりを告げた。
そして、彼の記録は……
「バルガスさん! あんたん所の鍋って本当に使い勝手がいいねえ」
「お、そうかい? ありがてえな」
「あのさ、この前遠くから来た人がね、あんたのこと死んだヴィークラム王にそっくりだって言ってたよ! 王様だって!」
「へえ、そりゃおもしれえや。だけどよ、こんなしがない鉄職人の方が、ずっと俺には向いてるわな!」
……彼の記録は、以後残されていない。
【End.】
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