鎖とその男に関する記録
あとがき


 今回何でこの話だけあとがきを書くかというと、この話自分で書いておきながら未消化の部分が残ってしまいました。私は自分が書きたいことを100%書き尽くすとどうしてもハッピーエンドにはなりにくい作品ばかり作ってしまうのですが、当時の連載時にまめに私の作品を読んでくださっていた高校のクラスの皆さんが「ハッピーエンドにして欲しい!!」と強く切望されたため、この作品だけは無理を承知でハッピーエンドそれも大団円にしてやろうじゃないか! という試みに挑戦してみたわけです。いかがだったでしょうか。喜んでいただけたら幸いなのですが。

 この話で良くも悪くも一番扱いに困ったのが「貴族の男」マリノ・マリーニです。この話では彼の贖罪については一切書かれていません。

 個人的に、10歳の少女を金と権力にまかせて強姦した男が物語の最後で愛に目覚めあのように平民として幸せを手に入れていく姿は、一種の皮肉とも言えます。私は本当は最後のヴィークラムとの会合の、あの場所で、ヴィークラムが彼を惨殺してしまうというのもアリなんじゃないかと今回文書を作る中で思いました。遅咲きの愛のために再生をかけて自ら危険に身をさらし、過去の罪のために愛する人を救えなかったマリノ。そして王宮に行ったまま帰らない主人を待ち続け”まちくたびれて”死んでしまうタオ、セフェリの恨みを晴らすために新たな悲劇を生み出してしまうヴィークラム。誰のせいでもない”時代”の罪を描き出すための、一番の選択はたぶんそちらの方なのだろうと私は考えています。
 特に深い時代考証もなく歴史の年表だけを見て完全に空想と割り切って始めたこの話ですが、やはり奴隷に人権は無かったでしょうね。セフェリのような少女は珍しくはなかったと思います。奴隷たち自身でさえそういうものだと思い込んでいて、当時それは罪ですらなかったのではないかという疑惑さえあります。でもそれを書いても読者が理解できない上に胸くそが悪かろうと思ったのであえて書きませんでした。
 よりにもよって子供たちを教える聖職になってしまった彼が今後どのように贖罪を行ってゆくのか、そうでなければどのように間違った観念を未来へ残していってしまうのか、それは神のみぞ知るところです。

 罪を犯した人間は、再生できるか。
 この話の主人公であるヴィークラム・バルガスも、敵役でありまた影の主人公であったマリノ・マリーニも、けっして強い清らかな人間ではありませんでした。この話に出てくる登場人物たちはみなどこか弱さや、罪をかかえて生きています。今回はそんな彼らをまとめてハッピーエンドへと力強く飛び立たせることで、読者の皆さんの影なるねがいを少しでも叶えてあげられたらと思います。
 最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました。

2001年12月20日 桔梗鈴
2005年6月1日:一部改訂

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