名もなき……。 [1/3]
どうも、若い時分から見れば信じられないような愚かなことばかりをしている。
仕事の合間、次の客との面会までに少し時間が空いたときに俺は携帯のメールもチェックしないで近所の神社でじっと手を合わせていた。減らした煙草のヤニの匂いが沈着し閉じた口のなかににじんでいる。境内は冬晴れに恵まれ、木枯らしを吹かせつつも使い込んだコートの上に暖かな日差しを落としていた。
俺が最後に見た自分の子どもはまだできあがって四ヶ月ほどの胎児で、母親の腹の中に納まって脈だけをうたせていた。二十年ほど昔、社会人になって三年ほどした頃だった。記憶もおぼろで名前すらない。当時の女の腹を鬼のように蹴って無理やり堕ろさせたそれはこの二十年俺の記憶にすらのぼってこなかった。思い出して神社や寺を見つけると拝むようになったのはごく最近のことだ。一度思い出すと、とりつかれたように毎日そのことを思い出した。
二十代や三十代の時には勢いがあり、死んでも考えまいと思っていたあの時の水子を今の俺は少し年寄りくさいと思いながら初めて供養しようという気になっていた。水子の名前がわからず──そんなものはあの時からずっと無かったのだが──なんと呼べばいいのか、そんなことばかりが切羽詰まったように気にかかって、あちこちで拝むたびになんともたまらない気持ちになった。
当時の女とは、腹の子が流産した後数ヶ月して別れた。当時二十代半ばだった俺はそこに命があったことも認めようとしなかった。仕事もわかってきていてこれからだったし、女とは付き合いにまかせて勢いでやって、外に出したつもりだったのにずるずると生理不順が続いた後妊娠を打ち明けられた。何もかもこれからだった俺の足を引いて墓場に引きずり込むような女の俗な願望を当時の俺は引き受けきれなかった。なんとなくの女と結婚なんて冗談じゃなかった。
もう一度あの時に戻れたとしても、当時の条件なら俺はやはり逆上して俺の子を孕んだ女の腹を蹴っただろう。
当時の女とはなかなか連絡がとれなかった。時間のあるときに昔の友人や知人の筋をあたっていたが、もうみんな全国に散り散りになっている。俺は老化防止の漢方薬を内科医から処方された持病の薬と軽い抗うつ薬と一緒くたに飲み干しながら、どうにか日常を現状維持させ続けている。
俺が知人から女の連絡先を手に入れたのは、彼女を捜し始めてから四ヶ月ほど経った後のことだった。昼食時に神社を参ってそこから彼女の家に電話をかけると、苦い記憶を彷彿とさせる懐かしい声が電話口の先から朗らかに新しい姓を名乗った。
同一人物の声なのに少し違っていた。歳をとって母性を帯びたせいだろう。声が低く聞こえた。俺が自分の名を名乗ると、彼女は警戒して声を潜め守るもののある強い調子で俺の声をはねつけた。
『あなた、どういうつもりなの。もう電話してこないで。私にはもう主人も子どももいるの』
「済まない。遅いかもしれないけど、どうしても一つだけお前に訊きたいことがあって。もう電話しないよ」
二十年ほど前に流産した子どもを水子供養したいと俺が切り出すと、彼女は突然の申し出にしばらく電話口の向こうで黙っていた。
『どうして?』
俺は年月をかけて多層的に背中に重なった理由を、全て彼女に教える気にはなれなかった。彼女が亭主や子どもと築き上げた生活の中に俺が厄介者であるように。
「ここのところあれの名前がわからなくて、ずっと気にかかってる」
『私も名前なんてつけてないわ。あなたもようやく自分が人を殺したんだってわかったの』
抗うつ薬の効きが弱い気がする。彼女の言葉は嫌味や憂さ晴らしに近い質のものだとわかっていたのに、歳のいった心にずきりと響いた。
『私は何年も苦しんだんだから、あなたももう少し苦しめばいいのよ。あなたのほうはもう結婚はしたの』
「お前には関係ないだろう。どうせもう電話しないんだ」
『あら、そう? そうね。もうあなたに関わりたくないわ』
「いいからあれを供養したのかどうかだけ教えてくれよ」
声がふるえた。神社の境内でもこんな話ができてしまうあたり、俺はやはり無宗教なごく普通の日本人だ。あの水子さえ供養できれば何でもよかった。西洋式より日本式のほうがしっくりきたから日本式にするし、神社と寺とどちらが水子を扱うのかも知らない。扱ってくれるほうへこれから行くつもりだ。
『手を合わせたりお水をあげたりはしたけど、ちゃんとした供養はしてないわ。あなたがやってくれるなら任せます。悪いけど、今の家庭を大事にしたいの』
「わかった。供養したら、何か知らせようか」
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