1945
Chapter3 [1/2]
数時間後、私は黒こげの手を握っていました。私自身の手が白く見えるくらいに焦げた他人の手を。
「こりゃもういかん! お嬢さん、この手はもう切るよ。妹さんが見ないように抱いてやんなさい」
もし私が多美ちゃんをしっかり抱いてやらなかったら、この光景を見ていたのは多美ちゃんだったの……?
お医者さんが肘の所にのこぎりを入れてぎぎっと引くと、乾いた骨の削れる音がするのです。みるみるのこぎりの歯が腕に埋まって、腕についてた炭がぱらぱらえぐれてこぼれ落ちました。信人兄ちゃんは目をぽかんと開けて天井を見ています。髪の毛も、眉毛も睫毛も焦げて無くなってしまいました。いいえ、私が「違う」と言いさえすれば誰もこの人が信人兄ちゃんだなんてわかりはしない。真っ赤なぐちゃぐちゃのお面を被って、服も燃えかすになって肌にべっとりくっついてしまっているのです。
「……お兄ちゃん」
麻酔もなく腕をそのまま切られて声一つ上げないのです。まだ生きているのに……!
思わず手に力を込めて引き寄せようとすると、手は肘の切れ目から枯れ木のようにちぎれてしまいました。私はとれてしまった信人兄ちゃんの手を見て頭が真っ白になりました。あまりにあっけなかったのです。
「お兄ちゃんの手がちぎれちゃった」
真っ黒焦げの、信人兄ちゃんの手。肘から先がありません。
頭がくらくらして、私はそのまま倒れました。
空襲に逃げまどう人々の中で信人兄ちゃんは一回だけ私たちから離れたのです。
「奈津、多美、先に行け!」
後ろを向いたお兄ちゃんの視線の五メートルほど先に位牌が落ちていました。それはお兄ちゃんや多美ちゃんにとって死んだ家族も同然でした。お兄ちゃんは私たちを置いて、たった五メートル駆け戻って私たちの目の前で側の家の爆発に呑まれました。たった五メートルの差で私たちは吹き飛ばされただけで済み、運命を分かつことになってしまったのです。
私たちは泣き叫びながらお兄ちゃんに燃え移った火を必死に叩いて消しました。お兄ちゃんの体は信じられないほど熱くて、もう虫の息でした。
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