鎖とその男に関する記録
Chapter1-1 [1/3]
時は十三世紀。その国は後のインドにあたる、「ゴール朝」という国だったらしい。
暑い国である。
* * * * *
ヴィークラム・バルガスは職人だった。奴隷(シュードラ)を拘束する鎖を作る、マリーニ家お抱えの職人だった。身分は平民(ヴァイシャ)。王族(バラモン)や貴族(クシャトリヤ)ほど偉くはないが、普通の暮らしができる。熱い鉄を扱うせいで肌は焼け、手の皮は分厚い。彼は鉄職人にふさわしい屈強な男だった。そして彼は今の仕事に不安を抱いている。
マリーニ家の庭はまさに貴族ならではの美しさである。バルガスはその中にひざまづいていた。彼の家は祖父の代からマリーニ家に仕えている。時代が変わっても、することは全く変わらない。ただ黙々と奴隷の鎖を作り続けるだけである。
バルガスはこの仕事が嫌いだった。もともと彼の母親は奴隷の出だったから、彼としては心苦しいのである。
「今度は小さな子供用の鎖を作れ。いつもの鎖だと時々逃げられるからな」
彼の上には一人の貴族がいる。マリーニ家の御曹子、マリノ・マリーニ。バルガスより十歳は若く、いつも周りに美しく着飾った女たちをはべらせている。
「かしこまりました」
バルガスが機械的に答えると、マリノは顎で一人の奴隷を呼んだ。
「こいつを貸してやろう。これに合うような鎖を作れ」
彼の前に投げ出されたのは、鎖を身につけた少女だった。
* * * * *
「お前、名前は?」
「セフェリ」
何ともあどけない声だった。
短い髪はすすけ、首筋には重い鎖のせいで消えない痣がついている。バルガスは家に着くと彼女の鎖を外して、首まわりと手首足首の長さを測った。
「これ終わったらどこへでも好きな所へ行くといい。俺は止めねえから」
彼はそう言うと長さを記録して、家の扉を開けた。それは彼なりの思いやりだった。ところがこの少女は動かないのである。座り込んだままぴくりともしない。
「どうした? 自由にしていいって言ったはずだぜ?」
バルガスは戸を開けっぱなしにしてセフェリの前にしゃがみ込んだ。
「……ごめいれいを……ください」
かぼそい声。手足はすっかり痩せ、何日も洗濯されてない服が震えている。バルガスはこの少女が哀れに思えてならなかった。かける言葉もなく、おそるおそる彼女の小さな手をとる。
手はその時、電気が走ったように震えた。
「やめてぇっ!」
彼は驚いて手を離した。
セフェリは異常なほど怯えていた。
「なんでもするから……わたしを……わたしをいじめないで」
バルガスは眼を見開いた。
彼女の縮こまるポーズに見覚えがある。それはマリーニ邸の前で……いや、金持ちの家の前でならどこにでも転がっている、女奴隷の姿だった。
「お前、何をされたんだ……?」
「……ベッドの上で」
その先が小さすぎて聞こえない。だがそれで十分だった。
「……やめて……やめて……」
セフェリはまだ十歳かそこそこの少女でしかなかった。涙をこぼす姿は人一倍美しいにしても、許されていいことではなかった。
これが奴隷の世界だった。彼らは上の階級にとって人間ではなく、単なる道具であり、玩具であり、命が無くなれば屑でしかなかった。
「俺は何にもしない。怯えるこたぁない」
バルガスが目一杯優しい声で語りかけても、彼女は震えていた。
「もう戻んなくていいぞ。怖かったな。もうそんなことないから、な?」
覗き込んだ彼女の顔は、とても十歳の少女とは思えない美しさだった。美しいが、笑いとは縁遠い姿であるように思えた。
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