鎖とその男に関する記録
Chapter2-2 [2/2]
「干ばつのせいで今年の収穫量は皆無に等しい状況でございます……」
「それが?」
マリノ・マリーニの前にはいつもと変わらない昼食がある。米、豚肉、鶏肉、魚肉、野菜、果物……いくつもの皿に選りすぐられた材料が調理されて並べられているのである。それも赤や黄色などの香辛料をかけられて。
「このままでは食糧難に陥るかと。マリノ様の食事は確保させて頂きますが、奴隷たちの方は口減らしする必要があります」
それなりの身分があるらしきその男は、淡々とした口調でそう言った。
「どれくらい減らす気だ?」
男は沈黙した。言いづらいらしかった。
「どれくらいだと聞いている」
「それでは申し上げますが、この家は地位を誇張するために奴隷を所有しすぎていると言うべきです。昨日付けの人数表がありますが、五百人は多すぎる。せめて二百五十人まで減らすべきです」
「何だと……?」
マリノの顔がけぶる。男はひざまづいたまま、はっきりと進言してのけた。
「マリノ様ははっきり言って浪費しすぎる。マリーニ家の財産は限りがあるのであって。無限ではございません。奴隷など本来百人いれば十分でございましょう。それをあなたは」
「うるさい!」
魚肉の皿が飛ぶ。ドレッシングもろとも男の頭にひっかかる。
「……名門の誇りもございましょう。お気持ちもわからぬではございません。何よりあなたはまだお若い」
四十代後半に近いその男は、顔色一つ変えずに言葉を続けた。
「今日のところはこれで失礼します。ですがあなたには飢える前に決定を下して頂きたいものですな」
頭にぶっかけられた魚肉を手にとり、男は立ち上がった。声色は恐ろしいほど冷淡で、その裏にある力を感じさせた。
「五百人の奴隷が一日にあなたの十日分を食べていると思えばよろしい。一日遅れれば、十日早くあなたが飢えることになります。よろしいですね?」
そのまま確固たる歩調で男が立ち去る。マリノは反論できなかった。彼には張りぼてのプライドと、冷めてしまった料理しか残されていなかった。
* * * * *
「おい、水だけで生きろってのか!?」
「いい加減にしてよ!」
奴隷たちからは日に日に反感の声が湧き上がるようになった。
「うるさい! 黙らんかぁ!!」
監守が壁に鞭を叩きつける。奴隷たちは闇の中でスープをすする。今までは「まずいスープ」だったが、どうも最近は豆の量が少なくなり「味さえ感じられないスープ」になった。
「干ばつのせいで食い物がなくなってきたんだろうな。このまま雨季に入るとえらいことになる」
バールは冷静な口調でスープを少しずつ、少しずつ飲み干した。
「にしたって何なのこのスープ!! こんなんじゃ本当に死んじまうよ!!」
一方カドゥーミは大声で叫んで体力を余計に消耗している。実際、体力のない人間はぼとぼとと死んでいくのである。
「……そろそろ潮時ってことかねェ?」
ヴィークラムはそれでもスープを鎖にかけることを忘れない。言葉の内容も他の二人には意味不明である。
「ヴィークラム、あんた何が言いたいの? 大体前から思ってたんだけどさ、そんなにスープ鎖にかけて、何がしたいの?」
カドゥーミが苛立った口調で聞くと、彼は無表情でスープをすすった。
「いいからお前らもやっとけ」
「いっつもそればっかり! あんたって肝心なところは何にも教えてくれないんだから!!」
空腹がちっとも満たされないせいか、カドゥーミの声は必要以上に興奮している。それでもヴィークラムの声は揺るがない。
「いざっていう時のためだよ」
「でもスープなんてもったいないよ!」
「じゃあツバでもつけとくこったな」
彼女はそれを聞くと、思いっきり苛立ちをこめてツバを吐きかけた。ツバは鎖にひっつくと、やがて音もなく乾いていくのだった。
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