鎖とその男に関する記録
Chapter2-3 [1/3]
マリノは庭の日傘の下にいた。日傘をさしかける奴隷を見ながら、彼はある少女の髪を撫でている。
「結局私に心を開いてくれる人なんていないということかな」
少女の顔は陶器の人形のように硬い。マリノはいつになくしょげかえっていた。
「セフェリ、お前はどうして私に心を開いてくれないのだ? こんなに美しいお前を笑わせるには、一体どうすればいいというのだ?」
セフェリは目を伏せて、小さな声で彼に囁いた。
「あなたが努力してくだされば」
「努力? 私はこれ以上ないほどおまえを喜ばせようとしたではないか! これ以上何を望む!?」
マリノは声色を変えてセフェリの瞳を見た。そしてたじろいだ。
「……座ったまま口だけでできる努力、ですか。それは努力ではなくて横着というものですわ」
彼女の瞳はマリノよりずっと大人の瞳だった。口調のよそよそしさがそれを増幅している。
「身分がどうこう言っているのではありません。人は身分に関係なく苦労すれば……努力すれば、自然と心を開かれるようになるものですから」
これが二年前なら彼女は奴隷にしか心を開かなかったことだろう。
彼女は忘れたことがない。ある平民が自分を養ってくれた頃のことを。身分を気にせず、彼は二人分の生活費を工面するために汗だくになって鉄を打ってくれた。
「熱いからそこから先には入るな」
仕事を押しつけるわけでもなく。そう言って黙々と熱い鉄を打つ姿。今より狭くて粗末で貧乏な暮らしだったが、彼女はそうやって工房にいたときが今までで一番幸せだったと信じている。
「マリノ様、お金で心は買えませんわ。私の心が欲しいのなら、心から人のために流した汗で買ってください」
セフェリは最後の情けをこめてそう言った。上っ面で言ったのではなく、哀れみをこめて、心からそう言ってやった。しかしマリノにはそれが嘲笑の声にしか聞こえないのである。
「私に平民や奴隷をやれということか!? 金を使って何が悪い!!」
精神的に一文も持っていない男。怒り狂うマリノからはそんな感じがする。
「大体そうやって働く連中を誰が食わせてやってると思ってるんだ!? この私だ! そういう連中はな。金なしじゃ働かないんだ!! どうしてお前は、いやどいつもこいつも私を認めようとしない!? 私はこんなに力を持ってるんだぞ!! 金こそ力だ!!」
悲しくわめき散らす彼の姿をセフェリは黙って見ていた。哀れでもあったが、それ以上に彼女は失望した。
「そのお金はどうやって手に入れたのです?」
「下僕どもが私に捧げるのだ。当然だろう!?」
「じゃあその”下僕”の皆さんがこぞってあなたを追い出したら?」
「兵を動かして皆殺しにしてやるさ」
「払うお金もないのに?」
マリノが返答に詰まる。
「金貨の袋みたいね。お金がたくさん入っていれば偉く見えるけど、それ以外には何も入っていないのよ。何も」
「うるさい!!」
彼の平手打ちが飛ぶ。
セフェリはそれに対して、もう怯え一つ見せはしなかった。何度ぶたれようとも涙一つこぼさなかった。
「マリノ様、自分で何とかしなさい。お金で買えないものがどれだけ大切かあなたも知るべきよ」
マリノはまた彼女をぶつと、乱暴にその髪を掴んで脅しにかかった。
「うるさいと言ってるだろ? 今私がお前を放り出せばお前は野垂れ死にするんだぞ。わかってるのか?」
「放り出したいならそうすればいいわ」
意外なほどはっきりとセフェリはそう言ってのけた。そこにはもう怯えた少女の姿はなかった。
「あの人は豆だけのスープでちゃんと生きてたもの。私だって前はそうだった」
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