鎖とその男に関する記録
Chapter2-3 [2/3]
自分から装飾品を外して、一つ一つマリノに投げつける。
「人に媚びて生きるなって。自分の力で生きられるようになれって、あの人は教えてくれたの」
「あの人?」
彼はその時思い出した。鉄の鎖で自分の額を割った、あの男。
「あの軟弱な男がか!? 面白い! あの男はお前を売ったんだぞ!? 私に逆らうのが怖いというだけで!」
「でも最後に私を助けてくれたわ」
彼女の声は揺るがない。マリノが気づかないうちに、彼女は変わっていた。
「いつか必ずあの人は外へ出てくるわ。自分の力で。もうあの人は昔みたいに弱くないのよ。失うものが無いから」
「黙れ!!」
マリノが大声で叫ぶ。
「……出ていけ!! 外の世界で惨めに野垂れ死にするがいい!! 死に際に私にすがっても遅いからな!!」
怒りのあまり冷静さを失った声。小心者の子供がわめいているようだった。
「それではさようなら。マリノさん」
セフェリは嫌味ったらしく笑うと、最後にこうつけ加えた。
「この笑顔は餞別に差し上げますわ。心からあなたに笑えたのはこれが初めてです!」
マリノが歯噛みしている。彼女はくるりと振り返ると、そのまま軽い足取りで庭を出て、マリーニ邸から姿を消してしまった。
* * * * *
「……おかしい」
「どうした?」
バールがスープを一口すすって、疑惑を口にした。ヴィークラムはまだスープを飲んでいない。いつもなら真っ先にスープを飲み干すカドゥーミもすぐに手を止めた。
「何か入ってるな。舌がピリついた」
バールは舌をぺろりと出すと、皿を置いて周りの様子を探った。他の奴隷たちの中にも何人かためらっている者がいる。
「おい、スープ飲むのちょっと待て! 薬入ってるかもしれんぞ!」
奴隷たちがざわめきだす。ある者はまったく手をつけず、ある者はそれでも全部スープを飲み干す。
「冗談。あたし半分以上スープ飲んじゃったよ!? それにただでさえお腹減ってんのにそんなこと」
カドゥーミはその時目を剥いた。
「ちょ、ちょっとヴィークラム!?」
ヴィークラムはバールの言葉を聞くと迷わずスープを全部鎖に流し込んだ。未練はカケラもなさそうだった。
「何てもったいないことするのさ!? あんたそんなことしたら体がもたないよ!?」
彼女が止める間もなくスープは乾いた床に吸われて消えていった。カドゥーミは信じられないと言いたげに湿った床を見ている。
「大丈夫だって。ちょっとぐらいなら飲んだって平気だよ! それにマリノがいっぺんに全員に盛る薬なんてあるはずないんだしさぁ!」
「何を根拠に言ってんだ?」
ヴィークラムの声には威圧感があった。他人の言葉を封じるだけの力があった。
「マリノの場合は何が起こるかわからねえ。下手すりゃ毒薬かもしれねえぞ」
スープをかけられた鎖が泡を吹いている。カドゥーミとバールは息を呑んだ。
「嘘。ヤバいじゃんか」
女の引きつった笑い声。止まらない。壊れた玩具のように止まらない。
「はは……あ……なんか……”ひ”たが……”ひ”びれてきたかも」
「おい、大丈夫か!?」
「ビリビリする……”ひ”……”ひ”びれる」
カドゥーミの笑いは止まらなかった。涎をすすることも、それ以上動くこともできなかった。
「しっかりしろ、カドゥーミ!!」
にわかに周りからうめきが上がる。スープを飲んだ連中が部屋中に倒れ、痺れた喉で悲鳴を上げだした。
「”ひ”や! ”ひ”にたくな”ひ”!! ”ひ”や、”ひ”や……!」
カドゥーミは焦点の合わない目で涎を垂らしながら泣きだした。バールがその手を握りながら呼びかけを続ける。
「おい、気をしっかり持てよ……!」
スープを飲まなかった奴隷たちが地下室のドアを叩く。
「開けろ!!」
「俺たちに何を盛りやがった!?」
ヴィークラムはその中で外の監守に向かって叫んだ。
「マリノは俺たちを殺す気なんだな!?」
監守は扉に鞭を打って何か言った。しかし奴隷たちの声にかき消されて、言葉の内容はわからなかった。
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