鎖とその男に関する記録
Chapter3-2 [1/2]
「これで僕たちも自由だ!」
に始まって、奴隷たちはいろんなことを考え、叫びだした。寝食する場所、金を得る方法、果ては料理の仕方から買い物の仕方まで。
「おい、仕事はどうやって探すんだ?」
「知らないわ」
「スープやナンはどうやって作るんだ?」
「知らないわ」
「俺たちはこれから一体どうすればいいんだ?」
「知らないわよ! もう面倒を見てくれるご主人はいないんだもの!!」
養鶏場のニワトリである。
反乱は恐ろしく脆いものだったらしい。もちろん反乱軍の方でもそれは予想していたのだが……。
「というわけで形だけでも指導者が必要なんだ。引き続き代表をお前に頼みたいんだが」
「ふざけんな!!」
――「代表」ことヴィークラムは猛反対し、頭に血を上らせて罵詈雑言をまくし立てた。
「それじゃ同じことの繰り返しじゃねえか!! そんなこと反乱を起こす前から全部分かってたはずだろ!? どうしてたかが飯の作り方や仕事の探し方なんぞがわかんねえんだ!?」
「何だって!?」
カドゥーミがつっかかろうとするのをバールが止める。止めてはいるが、彼の顔も怒りを押し込めている節がある。
「生まれてからずっと働くことしか知らなかった奴らもたくさんいるんだ。一度こうなった以上は俺たちにも責任ってもんがあるだろう?」
「そうやって俺に憎まれ役を叩きつけて自分は楽しようってのか!?」
「そうじゃない……!」
ヴィークラムは言葉を選ぶ気もない。
「冗談じゃねえ!! 俺たちゃ上に立つ奴を憎んで、普通に生きてけるようにするためにここまで来たんだろ!? そこへまたそんなもん作るのか!?」
喋っているうちに私情がこみ上げてくる。押さえが利かなくなっていく。
「そんなの約束が違うじゃねえか!! 俺はな、普通に暮らせるって、そう信じたから代表を引き受けたんだぞ!! もう勘弁してくれ! うんざりだ!! もっと俺は気楽に暮らしてえんだよ……」
言いたいことを言ったせいで彼の口調はみるみる失速していった。年甲斐もなく泣けてきそうになった。バールトカドゥーミは言葉もなく、外から聞こえてくる声を聞いていた。
「お腹がすいたよう」
「ヴィークラム様、バール様、カドゥーミ様……これからのご命令を」
ニワトリはただ鳴くのみ。
目標を失った民衆ほどどうしようもなく、手のつけようもないものはない。古い体制を壊した彼らにより重く難しい課題がのしかかってくる。三人は心の中で呻くしかなかった。
* * * * *
「ほら見たことか。最下層の奴隷どもには便所の躾から始めなければならんのだ。今ごろあいつらも苦しんでいるんだろうな」
服を着替えてだんだん感覚を取り戻してきたのか、マリノは含み笑いをした。平民程度の服ではあるが物乞いよりは遥かにましである。髪も切りそろえたし、髭も何年振りかに剃ったし、家来はいるしで彼はご機嫌だった。
「おおかわいそうに。ごらん、奴隷どもが道端で寝ているよ。水でもぶっかけてからかってやろうか?」
窓の外には文字通り行き場のない人々が道端で寝ている。中には自分から貴族や金持ちの家へ入っていって、そのまま戻ってこない者もいる。マリノの冷笑はおさまることを知らなかった。四年の間にプライドが吸いこんだ憎しみは、心にすっかり染みついていた。
タオが食料を少し皿に取る。
「少し食べ物を分けてあげましょう」
「ならぬ。それをこっちによこせ」
マリノは彼女から皿を奪い取ると、窓の前でこれ見よがしに食べはじめた。あっという間に窓の前に飢えた人々が群がる。男も女も子供も老人も。
「あはは! 何だねこの動物たちは。主人を裏切った罪は重いぞー。ふふ、ねえタオ、こんな新種の動物なんて見たことがないねぇ。人間と蛙でも掛け合わせたみたいだ」
飢えた人々はそれこそぎょろりとした目と、痩せこけた手足と、そこだけぽっこり膨らんだ腹を持っていた。それをおかしいと見るか悲惨と見るかは当然人による。
「マリノ様、あの人たちも私たちと同じ人間ですわ。どうかあの人たちに慈悲深くなさってください」
「何も知らないお前ならではの台詞だな、タオ。うらやましいよ」
マリノは皿を返すと憎しみを込めて笑ってみせた。
「物乞いをしている間にね、私は一つ賢くなったんだよ。わかるかい?」
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