鎖とその男に関する記録
Chapter3-4 [1/2]


 雨季には珍しい晴れの日。
「マリノさまあ、どこですかあ?」
 子供たちは彼が窓にいないとすぐそう言う。
「ここだよ。梯子があるから早く登っておいで」
 マリノは小さな家の屋根に座っていた。
「いいの? 手すりのないとこに行ったら危ないって、お母さんが」
「これは私の家だぞ。私がよいと言ったら遠慮することはない」
「やったあ!」
 幼い子供たちが梯子をどんどん登ってくる。お喋りな子、暴れん坊、大人しい子、甘えん坊……いろんな子供が毎日かわるがわる彼のもとを訪れる。
「怖いよぉ……やだぁ」
 そんな子もいる。梯子を登れずに下で一人ぼっちになって泣きだしたりする。
「早く登ってこいよー!」
「いい景色だよぉ!」
 他の子たちに急かされて梯子に手をかけ、震える足で一生懸命登るが、
「……やっぱり怖いよー!」
 途中で立ち往生してまた泣きだす。他の子供たちがいくら声をかけても泣くのだ。これが大人なら何の迷いもなく梯子を倒してやるところだが、子供は彼にとって大切な話し相手である。
 マリノは梯子の所まで行くと屋根に這いつくばって手を伸ばしてやった。
「ほら、つかまって」
 子供が彼の手をぎゅっと掴む。
「怖くない怖くない。一段ずつだ」
 少しづつ引っ張り上げてやる。子供は彼の手をしっかり握って、やっと屋根の上まで登ってきた。
「こういうのもたまにはいいだろう?」
 子供たちは砂色の屋根が人工的に並ぶ光景を見て目をぱちくりさせた。遠くの丘の上には城が建っている。そしてその上には青空が広がっている。雲が流れる様を見ることができる。
「あの城には王様がいるんだ。でも景色はこっちの方が勝ってるな。王様は城を見られないんだもんな」
 マリノは引っ張り上げた子を膝に乗せて屋根に座った。子供たちは彼の周りに集まるようにして座った。
「おや、お前は今日は習い事だろう? 行かなくて大丈夫なのか?」
 子供の一人がきっぱりとこう言った。
「あんなつまんない所誰が行くもんか。ここのみんなといる方が楽しい」
 周りの子たちもそれにうなずく。マリノは不意にそれが懐かしくなって、くすりと笑った。
「どうして母さんや父さんっていうのは楽しいことを教えてくれないんだろうね」
「わかるの!?」
 子供たちが驚きの目でマリノを見る。
「わかるさ。母さんや父さんが『お前のためだから』とか言ってつまんないことばかり教える先生をつけてくれるんだよな。それで自分は働いたり遊んだりしてる」
 昔のことなどとうに忘れたものと思っていた。
「お前は幸せ者よ。あの奴隷をごらん。食べるのに不自由しないということは、幸せなことなの」
 母にそう言われて子供の奴隷を見た覚えがある。その子は食べるものがなくて母親に抱かれていた。マリノはどちらでも同じだと思った。むしろその子をうらやましいとさえ思った。
「お母さま、僕も抱っこしてよ」
「まあ! お前は貴族なのですよ、情けない」
 いつの間にあんな憎い女に似て気品だけついてしまったのだろう。物乞いの時に何度か飢えの苦しみも味わったが、それでもあの時のうらやましさは理解できる。
「歌でも歌おうか。何がいい?」
 屋根の上でみんなで歌を歌う。ここにいる子供たちはみんな同じだった。遊んでくれる大人を求めていた。
 もし自分が子供の頃にこうやってみんなと歌えていたら、貴族ではなく平民や、今は自由になった奴隷の子供として生まれていたら、親に抱いてもらえただろうか?
 子供たちと童謡を歌う暮らしも悪くない。
 マリノは雲を見上げて、ずっと歌を歌っていた。青空だけはどんなときでも無料で手に入るのだった。

* * * * *


 ヴィークラムが飲みかけの茶を吹いてむせ返っている。
「お、おい、それ本気か!?」
 セフェリはうつむいたままうなずいた。赤くなった乙女の頬。それは父親をいつも戸惑わせる。
「……この前、会った人いるでしょ? あの先週お見合いした人よ。……もう一度お会いしたいって……伝えてくれる?」
 どもりながらも彼女はそう言った。父親代わりのヴィークラムにとって、それはある意味で死刑宣告も同然だった。
 セフェリももう十七歳。当時としては嫁入りしてもちっともおかしくない。彼女のお見合いもそれを見越した貴族側の策略によるものだった。もちろん彼女は片っ端からお断りした。貴族出の男には恐怖さえ感じていたという。ヴィークラムも内心そのことに胸を撫で下ろしていたのだが、しかし運命というやつはなかなかどうして面白いことが好きなもので……
 ……早い話一目惚れしてしまったらしい。

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