鎖とその男に関する記録
Chapter3-4 [2/2]


 彼女の心を射止めたのは旧貴族ではなく、それに混じって見合いの席に現れた金持ちの、平民の男だった。
 旧貴族特有の驕慢な匂いは彼からはしなかったという。話下手で、照れ屋で、手をつないだだけで赤くなるような男らしい。だがそんなことはこの際どうでもよかった。
「いいか、見かけに騙されるんじゃねえぞ」
 ヴィークラムはこの見合いが権力目当てによるものだということや貴族だけでなく平民にもいろいろあてにならないのがいることやそもそも男を見かけで判断しないほうがいいこと等々をまことしやかに熱弁した。
「あの人はそんな人じゃないわ」
 だが彼が説得しようとすればするほどセフェリはムキになって反論してくる。
「にしてもだな、向こうは結婚を前提にして会いに来たんだぞ! 下手すりゃ足をすくわれてとんとん拍子によく知りもしねえ奴と結婚する羽目になるんだ! 悪いこたぁ言わねえからやめとけ……」
「会いたい人に会って何が悪いのよ!!」
 ヴィークラムはそれで息の根を止められた。彼女が反抗したのは初めてだった。
「私が王女様だから? やっぱりどこかの王族みたいに、都合のいい所へ嫁に出すつもりなの!?」
「何だと!?」
 まるで面と向かって「信用できない」と言われたようなものだった。思わずかっとなって声を荒げてしまった。
「人が親身になって言ってやったってのにふざけたこと言ってんじゃねえ!!」
「どっちがふざけてるのよ! おじさんこそ人にお見合いさせといて、いざ受けようって言ったら反対するの!? 私の気持ちを考えてくれたことはあるの!?」
 セフェリはヴィークラムの眼を見てここぞとばかりに不満をぶちまけた。
「いつだってそう! おじさんの優しさは自分勝手よ!! いざとなったら私より自分のほうが大事なんだわ!!」
「いい加減にしやがれ!!」
「私をマリノに売り渡したくせに」
 ヴィークラムは言葉を失くした。
 彼女は涙目でこちらを見ている。
「自分は悪人だとか言って……ひどいよ。そんなの言い訳じゃないの。どうして? 奴隷になるくらいなら二人で新しい仕事探して普通に暮らせばよかったじゃない。私、まだ謝ってもらってないよ……?」
 血の気が引いていくのがわかる。
 彼女の目はあの時と同じだった。
「おじさんだって苦しかったのはわかってる。私を助けてくれたことも忘れてないよ」
 七年前に彼はマリーニ邸への道の上で、同じように彼女が思い詰めて泣くのを見た。あの時こらえていた言葉が噴き出しているのかもしれなかった。
「でも、今はどう? そんなに生活が苦しい? ……そんなに失いたくないものがあるの? ……また、私をよそへ売るの……?」
 辛辣極まりない言葉だった。
 ヴィークラムは震えるように首を振った。言葉が頭からすっぱり抜けた。
「違う……そんなんじゃねえんだ」
「違わないわ、何も。なんならあの後私がどれだけあの男に弄ばれたか教えてあげましょうか? あの人にだって言えないわ。でも、おじさんになら教えてあげてもいいよ。好きでもない男と寝る痛みを、ね」
 セフェリは涙を拭うと彼を無視して歩き出した。
「ごめんなさい、嫌なこと言って。でも私あの人に会いに行きますから。ようやくできた好きな人だから……」
 足音がためらいなく消えていく。自分一人が取り残される。

 ヴィークラムはなす術もなくその場にしゃがみ込んで、うなだれてしまった。
 自分は見捨てられたらしかった。
 今までの報いが来たのかもしれなかった。
「ごめんな」
 謝る気がなかったわけではない。心の中では何千回もそう言った。独り言でも数十回はそう言っていた。
 本人の前の一回にも値しないことは彼も知っている。身に沁みてわかっている。それでも謝る機会を見つけられないまま時は過ぎ、気がつくと彼女はすっかり成長して、自分の手から離れていた。誰のせいでもなく、彼女はいつか誰かの胸の中へ飛び込んでいくことだろう。そして自分はそれを祝福するのだろう。
 誰もいない部屋が無性に悲しかった。恋人に振られたような気持ちだった。
「陛下、書類にサインを」
 部下はお構いなしで部屋の戸を叩く。自分の頭には王冠が乗っている。
 何もかも捨ててしまいたかった。
 王の権力でも泣く場所は買えなかった。

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