鎖とその男に関する記録
Chapter3-7 [1/3]
その頃のセフェリは毎日輝いていた。
「オズワルド殿、城下町に行きません?」
「今日も?」
「いいじゃないですか。さ、行きましょ!」
相手は口数の本当に少ない男である。名前をオズワルド・キジキス。反乱軍の戦争の中で上手い具合に軍需を味方につけ一代でのし上がった大富豪・キジキス家の、彼は一人息子だった。
城下町を歩くときはいつも質素な服を着て、普通の人になりすます。もう手馴れたものだった。
「姫は何でも知っているんだね」
「あら、そうですか? あなただって私の知らないことをたくさん知っているわ」
城下町での彼女は水を得た魚だった。路端の怪しげな料理を食べ、道の上のこれまた怪しい道化師や踊り子の演技に見とれ、安っぽい髪飾りを見つけてはいちいち試してみる。
「似合いますか?」
「似合うよ」
「いっつも同じこと言うのね」
「いや、本当に似合うから……」
同い年のはずなのにどうしてこうも違うのだろう。オズワルドは城下町には似合わない。どちらかというと書物に囲まれるほうが好きな男で、女の扱いも不器用そのものである。
「じゃあ本屋に行きましょうよ」
「――それはいいね。行こうか」
大体において受け身な男だが、こと本に関しては立場が逆転する。
「姫、この本は知ってる?」
セフェリはそれがどんな本であっても
「いいえ、ちっとも。教えてくださる?」
と言う。そうすると彼は本を開いて内容を面白おかしく聞かせてくれるのだ。たとえそれがどんなにややこしい学術書でも、大長編の小説でも哲学書でも彼に聞けばわかってしまう。歩く図書館と話すようなものだった。ちなみに最近は伝記の中に『国王ヴィークラム』なんて本が平気で混ざっていて、読んでみるとヴィークラムが生まれたあたりから「大器晩成」とか「偉大な」とかいう用語がどしどし使われていて挙句の果てには「娘との生活」なんて項があってセフェリは死別した妻の娘とかいうことになっているから笑いが止まらない。大方は作者のでっち上げである。まあ彼女にとってはその方が助かるのだが……。
「伝記ってやつはあてにならないね。この本の君と目の前の君とじゃ別物だ」
オズワルドは本を閉じるとそう言った。
「私を本だけで判断しないでね」
そう答えてセフェリは本屋を出た。こうして短い外遊が終わるのである。後は大通りの中を連れ添って帰るだけ。人々の行き交う中を、なんでもない二人として歩くだけ。
「恵んでやる食べ物なんか無いよっ! あっちお行き!! しっ、しっ」
全く無意識のつもりだった。ただちらりと見ただけのつもりだった。
彼女は一瞬凍りついた。
「病人がいるんだ! 栄養のある食事が必要なんだよ!!」
「金持ってきな、金を!! そしたらそれ相応の食い物を売ってやる!!」
「貴族を侮辱するつもりか……?」
忘れるはずがあるものか。
あの居丈高な言動、平民服を着ながら自分を貴族と呼んではばからないプライド。
「姫?」
オズワルドの声でセフェリは我に返った。
「やだ、ちょっとぼーっとしちゃって。オズワルド殿、帰りましょう」
言いながら早足でその場を後にする。決して振り向かない。
彼女はその時猛烈に嫌な予感にさいなまれていた。彼女にとって、あの男は悪魔でしかなかった。
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