鎖とその男に関する記録
Chapter3-8 [1/3]


 夢を見た。
 自分の周りに紫の花が咲いていて、マリノが隣に寝そべっていた。
「タオ、お前はきれいだねえ」
 いきなりそんなことを言っては起き上がる。
「何だってかなえてあげるよ」
 タオはそう言われて抱きしめられた。ところが泣き声が聞こえるのだ。
「マリノ様、あれは何です?」
「ん、あれかい? あれは惨めな私の声だよ」
 確かにそれもマリノの声だった。こんなに惨めで悲しい声は聞いたこともなかった。心がかきむしられるようだった。
「あんなの放っといて、行かないか?」
「どこへです?」
 かたや自分を抱くマリノの声は優しい。
「休めるところへさ。お前はただ私の胸の中にもたれていればいい」
 求めていた優しさがあるような気がした。永久にこのままでもよかった。だがあの泣き声は何だろう。そのままにして行ってもよいのだろうか。放っておいていいのだろうか?
 どうしてそんなに悲しい声を出すのだろう。一人だけ幸せになってはいけない気がする。
「マリノ様、泣かないでください」
「……タオ?」
 向こうの声が応えた。
「やはりそっちを選ぶのだね」
 優しい声だけが消えていく。夢の世界が消えて、自分が寝そべるように重力が変化していく。
 そうしてタオは目を覚ました。
「……」
 目を覚ましてもやっぱり抱きしめられていた。
 なぜか、生きている実感があった。
「お前、目を覚ましたんだね……本当に」
 自分を抱く腕に力だけがこもった。耳元で泣き声が聞こえた。
「マリノ様、泣いていらっしゃるの……?」
「ああそうだよ。お前が動かなくなってしまったから泣いたんだ。今は……どうして泣いてるのか、わからないが」
 今までで一番みっともない声だった。なのにタオにはそれが恋の告白と同じくらい嬉しく聞こえた。
「ちょっと待っててくれ。食べ物を買ってきたからな。……今、作ってやるから」
「え?」
 マリノが台所に立つ。また緊張した面持ちで、ゆでイモを作ってくれる。彼女は驚きの目でそれを見ていた。
「お金は? どこにあったんです?」
「軽蔑しないと誓うか?」
 彼は鍋から目を離さずにそう言った。
「誓いますわ」
 ゆでイモは二つあった。大きくて丸々としたイモだった。
「さっき、初めて働いて稼いだ。おかしいだろう? こんな大の男が今頃になって働くことを覚えるなんて」
 彼は一人ではにかみ笑いをした。
 彼女はまばたきしかできなかった。
「気品もへったくれもなかったよ。人にこき使われて、大変だった。けど、初めて金をもらった時、何だかとても胸を張って物を買えた」
 マリノはそう言うとお守りのようにしてしなびたイモを一つ取り出した。
「こういう金で買うものなんだな。私にもようやくわかった気がするよ」
 本当に長かった。こんな簡単なことに気づくのに、本当に何年もかかった。もし貴族のまま苦しみを知らずに生きていたら、自分は取り返しのつかない世代になって失意のうちに死んでいたかもしれない。自分はまだ若いのである。今からならまだ、やり直すことができる。
「このゆでイモは初めて買った私の誇りだ。しなびたイモは私の戒めだ。
 さあ、食べてくれ」
 堂々とした二つのゆでイモ。
 タオはそっと一つを手にとって、皮をむいて、思いきりかじった。
「おいしいです。ありがとうございました」
 塩加減もちょうどよかった。あんまり美味しかったので、涙が出てきた。

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