Credo
Chapter1 [1/2]


 空港の到着ゲートの窓を汚れた雨が濡らしている。
 元はといえば雨が汚れているのではなく、窓にこびりついた粉塵を雨が弱い勢力で洗い流しているのだが、この世界一清潔な日本という国の中ではそれが落ち着くもののように片倉大介には見えた。つくづく小さな汚れが大層な扱いになる国に彼は生まれた。こうして外国に長期滞在した経験でもなければ、大方の日本人はそれに気づきもしないで人生を終えてゆくのだろう。
 汚れた雨と薄暗い飛行場の風景が重なる中へ、不摂生が滲み出そうな二十代後半の男の顔が映った。日本人男性にしては彫りが深い顔立ち。薄汚いのに目ばかりぎらぎら光っている。どう見ても犯罪者の顔だ。
 ベルトコンベアの上から自分のボストンバッグを拾ってモノレール行きのゲートに向かうと、迎えの人ごみの中に懐かしい顔が一人小さく手を振って待っていた。大介はそれまでぼんやりしていた顔を人好きのする笑顔へと変えさせ、歩きながら懐かしい顔と合流してゲートを出た。
「お久しぶり。もっと早く連絡くれれば車で送ったのに」
「そこまで世話になれないよ。君こそ本当に空港まで来てくれるとは思わなかった」
 小峰由加里には快活なペールイエローのスーツと薄いターコイズのスカーフが似合っていた。もっとも、化粧のほうは時代を無視したナチュラル・メイクとレンズの大きい眼鏡という風に決まっている。多分十年か二十年すると時代が彼女のファッションに追いついてくるのだろうなという評価を大介はいつも彼女に与えている。
「美しくなった。君は本当に美しくなったな」
 複雑そうに微笑みに影を落とす大介の前で由加里は二十代後半の顔を微笑みにかたちどった。どこまでもオープンで理知的という印象を与えておきながら、たまに見せる微笑がぞっとするほど乾いていて深い。
「あなた、アメリカでもいろんな人に同じこと言ってるでしょ」
「ばれたか」
「うん、あなたらしい。あなた死ぬまでに絶対一回は刺されるわね。光源氏と同じタイプだもの」
「あまり好意的な解釈をされていない気がするが、気のせいだろうか。光源氏はいつも真剣に女性を愛しているよ」
「そうよ。一番に愛する対象が百人も二百人もいるのよ。真剣にそういうちゃらんぽらんなことができるの。一番たちが悪いわ」
 それとも、私の父のせい?
 一人相撲で傷ついた顔になりながら由加里は早歩きに歩く。大介は歩速を合わせながら由加里を見下ろし、やがて無言で首を横に振った。
「父のせいであなたの生き様が変わってしまったのなら、娘として代わりに謝るわ」
「いや、それは由加里ちゃんの勝手な誤解だ。俺は君たち父娘に何も傷つけられてなんかいない」
「そう」
 理知的に言葉を続けるには由加里はまだ少し青かった。彼女が言葉を返すまでに、群衆にのって数メートルの距離を必要とした。
「父が逮捕されたときのニュースは見た?」
「いや」
「うん、そうね。すぐに表に出なくなってしまったから。今のところ被害を受けたと立件できたのは三件だけ。実際には十倍以上の人間が父の被害に遭ったらしいけど、困ったもんだわ」
 由加里の声には感情の起伏が乏しい。事実を整理し、意図的に感情をコントロールしようとしているのが大介にはわかった。そうやって踏み込まなくてもいい場所まで毅然と踏み込んでゆく。

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