Credo
Chapter1 [2/2]
「あなたがここまで来てくれたってことは、確定していいのね?」
「ああ。いいよ」
「父と関係を持った?」
「持った。俺は当時未成年だった」
「襲われたの?」
「多少暴力的ではあった。でも最初だけだ」
「じゃああなたが私の前に現れたとき、もう、そうだったの?」
「うん」
プラットフォームに静かに滑り込んできたモノレールの表面には、いくつもの雨粒がステンレスの外装に汚れた筋を引いていた。由加里の顔は無表情に固まって、軋んで悲鳴をあげそうな現実を制そうとする。
「俺は百合雄さんの愛人だった」
大介は由加里の父の名を懐かしい声で呼んだ。由加里はモノレールに乗り込む前に大きくため息をつくとぼんやり視線をあげ、遠い過去の人物に向かって「うそつき」と、小さくつぶやいた。
「みんなそう言うのよ。訴えなかった人はみんな、父を愛していたって。最初のときの致命的な錯誤をみんな踏み潰していくの。……あなたは父と似てる。師匠と弟子みたいだわ。愛しているといいながら取り返しのつかないことを次々とやらかしていくのよ」
「百合雄さんは君を一番愛していたよ」
「やめて。今は聞きたくない」
都合の悪い話を振り切るときの残酷な声の響きに、大介は由加里の血筋を垣間見る。由加里は彼女の父である百合雄によく似ていた。外見ではなく、人に背を向けたときの視線や口調が同じ残酷さを醸しているのだ。昔からその身勝手さと強さに憧れていた。大介にとって小峰由加里という女性は、ただ不倫相手の娘というだけにとどまらず、その父と並んで崇拝の対象だった。
* * * * *
大介が由加里と出会ったのは彼が高校三年、由加里が高校二年のときの春だった。当時彼がちょくちょく出入りしていた大学の研究室の前で由加里が立ち往生していたのがきっかけだ。由加里は最初大介を見たとき、私服姿の彼を大学生だと勘違いしていた。
──こんにちは。小峰教授はいらっしゃいますか?
はきはきした口調で、セーラー服にポニーテールのままこちらを見上げる目が芯の強さを感じさせた。大介がかすかな鼓動を感じながら相手の不在を告げると、いたずらっぽい微笑みを浮かべて父の職場を覗いてもいいだろうかと言ってきた。彼女が近くに駆け寄ってきたとき、空気がふわりと動いて男物のオーデコロンの香りが鼻をくすぐった。
他の男なら由加里の後ろに男の幻影を見ただろうが、大介は経験からそれが彼女の父親の使う香りだと知っていた。大介が大学生に見えたのは必ずしもその体格の良さや声の低さからだけではなかっただろう。年齢に似つかわしくない妖美を含んだ憂鬱が、男性的な彫りの深い顔立ちから始終漂っており、それが同性異性の別を問わず相手をしたたかに酔わせた。
──君、小峰教授の娘さん?
研究室の中を歩きまわりながらこちらを向いた由加里の目の中に、大介への疑惑はかけらもなかった。彼女は笑いながらうなずき返し、「偵察に来たの」と弾む声で言った。
大介は当時彼女の父親の百合雄と不倫関係にあった。少しの沈黙の後、彼は由加里の前で苦笑する。そんな世界の裏側にあるような暗い愛を彼女が知る必要はないと本気で思っていた。実際には一つしか歳が違わないにも関わらず、二人の間には正常な世界と異常な世界の境目が深く横たわっていた。
* * * * *
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