Credo
Chapter3 [1/3]
気をとりなおして車を進めながら、大介と由加里は警察に着くまで互いに口をきかなかった。雨に囲まれながら互いのしっとりした肌に性が匂い立つようで、そのくせいつまで経っても歳をとらないむずかゆいような恥ずかしさが胸をいっぱいに満たしていて、どうしたらいいのかわからないまま目的地に車を停める。照れ隠しのために男と女はプレイボーイや娼婦になることもある、のに、この二人の場合相手に対してそれは許されないのだった。
「降りて。刑事さんに紹介するわ」
「ああ」
やはり声がまだ少しうわずっている。大介が目を泳がせながら中学生並みのぎこちなさで先に車を降りた。由加里も運転席でキーを抜きながら目を合わせられない自分が無様だと思ったらしい。なんだこれは。いい歳をして。
傘を差すと警察署の重苦しい雰囲気がのしかかる。何度か意識して深呼吸をすると車内での甘酸っぱい感覚は薄れていった。大介は思うところがあって建物を見つめたままじっと黙っている。由加里が案内するように先へ歩きだし、彼は後ろに並びながらようやく口を開いた。
「お父さんは元気なのかい?」
大介にとって、今も小峰百合雄という男は絶大な存在だった。娘と同じで代わるもののない崇拝対象。わかっていながら由加里はおもしろくない。極力父親に関しては感情をコントロールすることに努め、自然と表情も乾いた厳しいものになった。
「元気よ。毎日取調べを受けて、通らない理屈を吐いてる」
「面会できるか」
「あなたは無理ね。刑事さんにお願いすれば、マジックミラー越しに見せてはくれるかもしれないけど」
直接会話を交わすことはできない。覚悟はしていたことだった。由加里が窓口で係の者に自分の身元を告げると、数分後にロビーの階段から年配の刑事が降りてきた。刑事にお辞儀をする由加里の目はなおも事務的に伏せられていた。
築二十年は過ぎているであろう建物の内部は、何度もペンキを塗り替えたとおぼしき鉄板の肌が目立つ。「こう長雨だと湿気て困りますね」と刑事が漏らした。湿気に覆われた床を滑らないように踏みしめながら、大介と由加里は奥の刑事課へと通された。
「捜査にご協力してくださってありがとうございます。お嬢さんの協力にはいつも本当に助かっています」
「いいえ」
休憩兼接客用の応接セットはやはり使い込まれて古めかしかった。アンティークの価値もなさそうな年代モノの合皮のソファに由加里が腰掛けると、刑事たちは由加里にだけ茶を出しながら大介を取調室に案内する。二人は特に喋るでもなく視線を交わしただけで別れた。最後にソファからこちらを見上げた由加里の視線は、哀しみを帯びながら思いのほか強く、父を裁いてくれとはっきり言っているように見えた。
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