Credo
Chapter4 [1/3]


 小峰百合雄に関する大介への取調べは終わった。
 由加里が応接用ソファの上で静かに姿勢を正して待っていると、大介はつっけんどんな刑事に叩き出されて彼女の前に戻ってきた。由加里が見上げた先の彼の顔は勝ち誇ったように微笑んでいる。
「俺の件は時効だそうだ。もう別れてから七年以上経ってる」
 今回の刑事事件の場合、時効が成立する最長期間は恐喝の七年までと決まっている。大介はその間小峰百合雄と一切関わりを持っていなかった。
「お父さんのことは、十分に弁護しておいたよ」
 由加里は予想された答えに怒りを押し殺した顔つきをすると、ため息をつきながらその場で眼鏡を一度外して目頭を押さえる仕草をとった。
「あなたもなの。父を思ってくれているのなら、馬鹿なことしないで」
「これが俺と百合雄さんの納得いく答えだった」
「そういう思いは胸の中に秘めておいてほしかったのよ。私は、これ以上父を増長させないでって頼んでるの」
 大介を含めた多くの被害者にとって、小峰百合雄は神にも等しい存在になりえていた。全体数に対して告訴に踏み切った人間の少なさが彼の祭事者としての目の確かさ、優秀さを示している──大介はそう思う。
 二人で連れ添って警察署を出ると、雨があがって雲間からは清らかな陽の光がのぞいていた。露に冷やされた風がゆるく吹きつけるのから逃げるようにして、二人は車に乗り込み、そのまま近所のレストラン・モールへ乗りつけた。
 昼下がりの会社員たちや種々の客層にまぎれながら高層ビル沿いに屋外を歩く。由加里は露をはじいた道端の街路樹に目をとめ、そのまま大介の横でしばらく遠くを見つめていた。
「由加里ちゃん」
 のんびりと日本料理屋を探しながら大介がいった。
「どうしてお父さんが逮捕されたとき、アメリカにいた俺を捜してくれたんだい」
「……時期的に一致していたわ。高校生のあなたが大学にいたのも、今考えるとおかしかったし。あなたが何か知っている可能性に賭けたの」
「お父さんの刑期が延びるかもしれないとわかっていて、どうして俺を呼んだ? 家族には辛いことだろう」
 吹きさらしの風のなかで、目を細める彼女の髪がはためいていた。
「私は父を超えなければならないからよ」
 ──確固とした物言いに、束の間言葉を失っていた。大介を見つめ返してくる由加里の瞳は昔よりも厳しく、だが輝きを失わずにいる。
「何が起きていたのか。父がどうしてあんなことを考えたのか。その背景に何があったのか。被害者は何を考えていたのか。被害者にとって何が起こったのか。……私は全てを知りたいの。全てを理解したいのよ。
 そして最後には父を超越する。憎しみや哀しみに捕らわれないで、本当の自由を手に入れる」
 自分の足で歩いてゆく。もうどんな暗い過去にも、この身を冒させはしない。
 宣言したあとに、彼女は大介を見つめて苦笑に顔を崩した。硬い顔の下は今でも眩しく、生成りの生地のように柔らかい。大介にはそれが侵すべからざるもののように見えて、だが愛おしくてならない。
「百合雄さんは君を一番に愛していたよ」
「もういいのよ。そんなこと」
「いや、本当だ。誓ってもいい。君には大切な人の加護があったことを、忘れてほしくない」
 日本の街中であるにもかかわらず大介は由加里をハグし、彼女の体を腕の中に押しとどめた。愛おしむように耳元で告げる。
「俺が最後に百合雄さんと別れたとき、百合雄さんは俺の頭を花瓶で割って俺の首を絞めた。
 君を守るためだ。俺は百合雄さんを脅したんだ。よりを戻さないと君を俺と同じ目に遭わせるって。実際、そんなことできるはずもなかったのにな」

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