Credo
Chapter4 [3/3]
由加里の呼吸が哀しみを溜めこんで止まる。
「何よそれ。どうして、そんな風にずれるの。そんなことされて私の立場はどうなるの」
「由加里ちゃんはまともなところで生きる。俺はこの捩じれた場所で生きていく。それでいいんだ」
「一人よがりで勝手なことしないでよ! どうして一人でそこまで取り返しのつかないことができるの!? あなたそれで、本当にいいことをしたとでも思ってるの?」
腕の中で熱が揺れる。殉教者としての己を目指しながら大介は近すぎる由加里の感情の波に押され、戸惑いながら揺れている。
眼鏡の向こうで美しい目の縁が訴えるように滲んでいた。
「わたしは──」
目が合って、由加里がふと黙る。そのまま時間の流れが二人を囲い、ゆっくり独立した磁場を作ってゆく。
ぎこちなく閉じた歯の微かな震えを感じながら、大介と由加里は目を閉じて唇を重ね合わせた。唇が柔らかい。終わって目を開ける前から彼女を泣かせたのではないかと大介は思った。キスを味わい終えて顔を離すと、由加里は泣きこそしなかったがびっくりした顔をして、相変わらず両目の縁を滲ませながら熱い吐息を漏らした。
「どうしてくれるの。ここ、街中よ。アメリカじゃなくて日本なんだから……ちょっと歳をわきまえて」
大介は別に頓着しない。周囲からどれだけ多くの一般人の視線を集めていようと、降り注ぐ自然光や雨と大して変わりはない。それよりもキスが終わってから彼の中では一つの価値観ががらがらと崩れている。目の前の柔らかい身体が自分を吸い寄せているのに、この女性の身体の中にはまだ聖性が消えないで、血になって流れている。
「とても悪いことをした」
つぶやいてから、頭に上ってきた血が充満して顔の表面にまで回るのを感じた。この女性を相手に回すと自分はいつも本気でどうしたらいいのかわからなくなる。もう一度信仰を確かめるべく彼女の身体を抱き寄せて視線を外すと、自分の頭のすぐ隣にある彼女の頭や、表面を流れる髪や、スーツを着こなした彼女の身体のぬくもりがくすぐったかった。
この後どうやって上手く説明をつけるか、大介にはいい考えが浮かびそうもない。
【End.】
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