夢の最果て
Chapter1 [1/4]


 ヒスイが行商人のクローブに聞いたところによると、この大地はその昔十のうち七ほどは”海”と呼ばれる宝石で覆われていたんだそうな。遠い世界を夢見ていた少年にとって、初めて聞くそのおとぎ話は原光景のように強く心に入りこんできた。
「クローブさん、ウミってなに」
「世界一でかい無限の宝石だ。俺のおやじはそう言っていた」
 二十年と半分以上生きているクローブでさえ、海は一度しか見たことがない。その時彼が見た海はバッテリー液のように赤くどろどろしていたという。
「……俺のおやじは、あんなものは海じゃないって言ってたっけ。本当の海は空をいくつも織り重ねたように真っ蒼なんだと。そんで水は宝石を蒸留したみたいにきれいで、虹の涙って言われるくらいきらきら色を変えるらしい……」



 遥か時の彼方の話だ。
 ヒスイが生まれる前、クローブが幼かった頃、海は消えた。
 ヒトが海に「夢の島」というゴミ捨て場をいっぱいつくったからだ。何の皮肉で「夢の島」といったかは知らないが、千年二千年をかけてヒトは大地と海からゴミをつくりその島に捨てていったらしい。そうしているうちにゴミの毒が空気を変え、動物や植物たちを子孫の残せない体へと変えてしまったのだといわれる。長すぎる時間の流れが文明を自壊させ、かつての緑の大地は深くゴミの下に覆い隠された。生き残ったごく少数のヒトは「ゴミの大地」……「ドリームアイランド」の上で、防塵マスクをつけて生きることを余儀なくされた。
 ヒスイは今や数少ない貴重な子どもだった。彼を拾った爺さんは子どもを宝だと思っている人だったから、彼に覚えていた宝石の名前をつけて大切に育てたのだ。
 いま、ヒスイはクローブと一緒にその爺さんの耳を削いでいる。
「何で死んだ人の耳をそぐの」
「埋葬してやれないからだ。埋めてもすぐにケモノが来て掘り返す」
 だから死んだ人の耳を削いで持っていくのだという。
 爺さんは多分何かの病気だった。人間嫌いでヒスイにだけ優しかった爺さんだったが、この劣悪な環境で生きていくには爺さんの体は弱りすぎていた。歳をとった人間から死んでいくのは道理だよといつも言っていたから、幼いヒスイにも覚悟みたいなものはあったけれど。
 ゆうべまで生きていた爺さんの耳が切られるのを見てヒスイは思わず目を背けた。そしてひとりぼっちになったヒスイを見かねてクローブはこう言った。
「お前、一緒に来るか」
 一日中遊んでいても食事がとれて、寝床の心配もしなくてすむような生活が終わりかけていた。それまで暮らしていた家が急に色を失い、じっとしているとそこに住んでいた自分の息までも止めに来るような気がした。
 クローブの誘いは集落にも属さず行くあてのなかったヒスイには願ってもいない話だった。クローブは一人で町から町へと行商をしながらゴミの大陸の上をひたすらに南へと進んでいたのだ。どうして南へ行くのかと聞くと、海を目指しているのだという。ヒスイはそれまで爺さん以外の人間をほとんど知らなかったから特に何の疑いもなくクローブについていくことにした。
 クローブは出発の時に後ろを振り返るなと言った。
「ケモノが来て爺さんをすぐにさらっていくからな。お前は見ないほうがいい」
 クローブの腰のポーチには既に干からびた耳がたくさん入っていた。ヒスイはそれを見て、さっき削いだ爺さんの耳の一つを自分のポーチに入れるともう片方をクローブのポーチの中に預けることにした。

次[#]
戻る[1]
Copyright © 2009 桔梗鈴