夢の最果て
Chapter2 [1/3]
それは、本当に終わりのない旅のように思われた。
二人の旅はそれからも何年も何年も続いて、ヒスイは旅の中で何度も何度も着る服を一回り大きな新しいものへと替えなくてはならなかった。
蛇が脱皮を繰り返して大きくなるのに似ている。ヒスイは自分の誕生日を知らなかったけれど、服を一回り大きいものに替えてぼろぼろになった靴を新調するたびに自分が大きくなっているのを感じた。昔は首をうんと曲げて見上げていたクローブの顔も、だんだん自分に近い高さのところまで下がってきていた(クローブ自身がもともと大男なので最終的にはそれでもクローブの方が背が高かったが)。
何回も”脱皮”を繰り返して、いつしか熱中症で倒れることもなくなり、途中の町で恋もした。ヒスイの姿は今や幼い少年から立派な若者へと変わりつつあった。
自分は、何のために旅をしているのか。
ヒスイはいつしかその理由を考えることをやめていた。海があるかないかということより、単純にクローブを慕っているから彼に付いて行くのだ。ヒスイの理由はその時はそれで良かった。いつかそれでは済まなくなる日が来るとしても。
ヒスイがサンゴを拾ったのはその頃だった。
「ヒスイ、何だその赤ん坊は」
「わからない。ケモノに攫われそうになってたから拾った」
クローブは自分一人だったら決してその赤ん坊を拾おうとはしなかっただろう。暗い町の、そのまたさらに暗いゴミの町のゴミ捨て場。そんな所に棄てられている子どもはいくらでもいたのだ。そうして赤ん坊は普通ケモノに攫われてケモノになるか、ケモノにさえ見つけてもらえないで死ぬかだけだった。
「ケモノに返してこい」
「嫌だ!」
ヒスイももう勝手が分からない子どもではなかった。彼はその赤ん坊が母親に棄てられるところを見てしまったのだ。母親が小さな娘を粗大ゴミ同然に投げ捨てるのを初めて見た彼は驚きのあまり何も言えなかった。ケモノたちが赤ん坊を攫おうとしているのに気づき慌てて駆け寄ったが、赤ん坊を拾い上げた時には既に母親の姿はなかった。
「母親に投げ捨てられたんだぞ。こんな何にもできない赤ん坊なのにさ、生まれて親の顔も覚えないうちに『死ね』って言われたんだぞ!
クローブさんだったら、それ見て放っておけるのかよ?」
「俺らが育てても死ぬ。そいつは小さ過ぎる」
ヒスイが絶句してその場に立ち尽くす。まだ名前のないその女の子は、生まれたばかりにしても普通の赤ん坊より痩せ細って小さかった。泣き声がしゃがれているのはゴミの灰燼と腐敗ガスに喉をやられたからだろう。顔に飛んでくる羽虫を振り払う体力さえ彼女には残っていない。
「どうせ長く保たない。俺は旅を中断するつもりはない」
何度クローブが赤ん坊を捨てろと言ってもヒスイは頑として応じなかった。口論の中でヒスイはクローブを人でなし呼ばわりし、育ててもらった恩など初めからなかったかのように口汚く罵った。
「いつも偉そうなことばっかり言ってるくせにいざとなったらそんなことしか言えないなんて、いい加減愛想も尽きるぜ。 俺は人間捨ててまで旅なんかしたくねえんだよ!」
「じゃあ黙ってさっさとそいつを捨ててくるんだな。そいつがまだ半分ケモノなうちに」
名前のないうちに捨ててこい……クローブのその言葉にヒスイの怒りは頂点に達した。前々からケモノには極端に冷たかったクローブだが、ヒスイも今度ばかりは彼のことを人間と思いたくなくなった。
「名前ならあるよっ! 今すぐ俺がつけてやる」
子どもには宝石の名前をつけると教わった。
ヒスイは桃色の海の宝石からとって、赤ん坊をサンゴと名付けた。
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