夢の最果て
Chapter2 [2/3]
その晩、ヒスイは初めてクローブから離れた場所で夜を明かした。強く抱けば壊れてしまいそうな小さいサンゴを抱いて町医者を尋ね歩き、サンゴが生き延びるために尽くせる限りの手を尽くした。
「おい、生きろよサンゴ。死んじゃ駄目だぞ」
サンゴはほぎゃあとも泣かないかわりに必死で体の異常と戦っていた。彼女は乳児であるにも関わらず周りのことを全て解っていたのかもしれない。母親に「死ね」と言われてもサンゴは独りで、乳児の心とからだで生きることを選ばなければならなかった。そのちいさなちいさな手にヒスイの人差し指を握りしめて……。
「子どもは宝石のようだって言うけど、爺ちゃんの言う通りだ」
その時のヒスイにはサンゴを守ることしか考えられなかった。明日のことやそれから先のことを考える余裕はなく、ましてや”人でなし”と化したクローブのことを考える余裕など、生まれるはずもなかった。
ヒスイが成長していくのと同時にクローブは着実に歳をとっていっている。クローブはヒスイから離れた場所で賢者の石を見つめ、それから石を握る自分の手を見つめた。クローブの手は常人のものとは思えない加速度的な速さで使い古されていっている。常人ならめったに歩くことのない地表を三十年以上も歩き続け腐敗ガスと有毒物質と紫外線を浴び続けた結果がこれだ。一年くらい前から彼の手は原因不明の震えを起こしはじめていた。かつてのキャラバンの人間たちのように。
自分の命が燃え尽きる前に海を見つけなければならない。
しかし、「人間」のあの赤ん坊を自分はどうしたらいいのだろうか。海を見つけることも大事だが、その前に人としてヒスイには教えなければならないことがあるのではないだろうか。何より人間を捨ててまで海を見つけたところで、そこには何か残るのだろうか?
クローブは一晩考え抜いた末に賢者の石を握りしめて朝の市場へと向かった。賢者の石は彼にとってかけがえのない道標であったが、同時にそれは人の命を踏みにじってまで残していてはいけないものだった。
「クローブさん、あんた何してるの」
ヒスイとは、市場の中で出会った。ちょうど目の前の宝石商に声をかけようとしていたときだった。彼の腕には元気を取り戻したサンゴがすやすやと眠っている。
「石を売る。赤ん坊を人に頼むにはまとまった金が要る」
「駄目だよ。その石だけは売っちゃ駄目だ」
ヒスイは狼狽しながらもクローブの腕を掴み、そんなことをするくらいならサンゴを旅に連れていこうと主張した。クローブがそれでも石を売ろうとするのを強引に引き止め、奪い取った賢者の石をサンゴに持たせる。
「赤ん坊に耐えられる旅じゃない。お前も解っているはずだ」
「そんなことないって。サンゴは強いよ! それに俺だってこいつを生かすためなら何でもやってみせるから」
ヒスイが必死でサンゴを守ろうとしていたことはクローブにも見てとれた。サンゴが強いというのもあながち嘘ではないだろう。
ただ、ヒスイはまだ若い。ヒスイの強がりが半ば願望でごまかされているのをクローブは経験からすぐに見抜いた。賢者の石もサンゴも人間の心も、大切なものは何一つとして失いたくないのだろう。だから若者は無茶なことを平気で言う。
何も失わないで続けられるほど甘い旅ではない。そのことを解っていながらクローブはヒスイの提案を受けた。結局はそれが原因で何かを失い、その事実の中からヒスイが自分で悟るしかないのだということを、彼はよくわかっていた。
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