桜樹怪談 [2/2]
「わたくしねえ、商売のためにいつもその先はこの桜に聞いてもらっておりましたわ。
あの方たちはわたくしが子どもを殺したから、”子どもが死んだから””安心して愛することができる”んですのね。
もしあの子たちがきちんと生まれてきていたら、あの子たちはきっと殺された時の半分も愛されずに、あの愚かで、最悪で、生きている価値もない屑にずうっと生かされなくてはならないんでしょうね。
だからわたくしも『こうするしかなかった』と、心から思いますの。生まれる前に殺すしかありませんわ。この病院は、そうやって全ての不幸を最小限にするためにあるんですから」
何がこの老婦人を修羅に変えたのか知るものはいない。
彼女は誰よりも子どもを愛していた。だから自分はとうとう子を作らず、代わりに五百人の望まれなかった子どもに屈辱より早い死を与えた。
彼女の病院を訪れる者の全てがその”母親”に恵まれていなかった。
彼らを殺したのは、結局、何よりみにくいみにくい母親の弱さだった。
「それで、この桜の樹を切った後はどのような建物が建つんですの?」
私が、ただ一言「産婦人科ですよ」と答えると老婦人は乾いた目をぱちくりさせた。
「……可哀そうねえ。生まれてきてしまうなんて。それに、ここのみんなもかわいそう。とうとうこの子たちは、母親にすら見捨てられて代わりの人もみつけられなかった」
彼女だけが水子たちの母親だった。彼女は日課のようにお線香をあげると、そっと桜の樹を抱きしめて泣き声を聞いてやっているように見えた。
「……そうねえ。つらかったねえ。生まれてきて愛されたかったねえ。よしよし……かわいい坊やたち……。
でも、あんな奴ら二度ときやしませんよ。
それよりおばあちゃまといっしょに愛してくださる方のところへ行きましょう。おばあちゃまが頼んであげるわ。おまえたちは何にも悪くないんだもの……」
翌日、その桜の樹の下で老婦人は首を吊って死んでいた。
まだ五十歳だというのにまるで八十を越しているかのように老けていた。その後桜の樹のたたりは嘘のように消え、切られた桜の樹の跡地には彼女の遺言で一個の墓標が建てられたという。
「ここに眠っていた二十人の俗物どもと
五百人の哀れな子どもたち
みんなわたくしが殺してしまいました。
わたくしは何もかもあの世に持って逝きます。
俗物どものみにくいねたみも 殺意も
子どもたちのけがれない涙も
みんなあの世に持って逝きます。
わたくしは 地獄に堕ちることを恐れはしません。
生まれた時から とっくに
地獄に堕ちることなど存じておりました。
あなたがたは この墓標に手を合わせることはしても
自らの子どもをいたぶることを
決しておやめにはならない」
今、この墓標は新しい産婦人科のかたすみで、あたらしく生まれてくる母親たちを見つめながらひっそりと時を経ているという……。
【End.】
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