レインボー・チリ・ペッパー [1/2]
俺とヒゲ男は廃車寸前の古い赤セダンに乗り、山間の国道をかなりの速度で飛ばしていた。カー・ラジオから爆音で流れ出るグランジがウィンドウの隙間から高速のリボンになってたなびき、後続の車にあたって気化していく。
ヒゲ男は後ろのシートにだらしなく寝転がりながらパーティーの残り物のピザにこれも会場からかっぱらったコショウをふりかけまくっていた。むさくるしい体臭をまとっていつまでも笑い続けている。あんまり笑い声が続いて癇に障るので、俺は運転席に座ったまま後ろに怒鳴った。
「おいちょっと黙ってられねえのかよヒゲ男。うるせえんだよ」
「黙ってろデブ。いひひひひひひひ」
ヒゲ男は、いわゆるラリパッパというやつで、昨日パーティーに行くまでは至極まともだったがパーティー中に離れたあと戻ってきた時には恐ろしくフラワーチャイルドになっていた。さっきからウィンドウの外の光を指差して「ハロハロ天国」と連呼している。ハロハロの意味はともかく天国の意味については俺は考えないことにした。
「ピザ食う? なあピザ。ピザ食うと虫歯が治るよ」
「あーわかったわかった。わかったから!」
ヒゲ男が突き出してきたピザの具が今にもシフトレバーの上に垂れそうだったので俺はあわててピザを受け取り、運転しながらコショウ満点の刺激的なチーズを腹の中にたいらげた。
パーティーがあったのは都会からちょっと離れた山中の町にあるクラブハウスで、俺とヒゲ男は昨日そこでアングラ・マイナーバンドの『ミミィ&キッド』のライブを見た。バンドメインのパーティーというよりバンドの方がパーティーのパセリみたいな存在だったが、俺としてはボーカルのミミィが拝めればそんなことはどうでもいい。
「ぐひひ……デブよお、俺は知ってるんだぜ」
「何をだよ」
「おまえが、おまえが、おまえが……うひひひひ、ミミィちゃん」
そこで台詞が終わってまた笑う。唐突にセンテンスが切れても何の疑問も感じないヒゲ男の脳を、ジューサーにかけて高速道路にぶちまけてやろうかと思った。
『ミミィ&キッド』のミミィはバンドメンバーでギターのキッドと入籍したばかりで、できちゃった結婚とか言っているがその実腹の中のガキはキッドの子ではない。多分数年来のコアなファンだった俺がコンドームを使わないでトイレでミミィを襲ったからだが、キッドは律儀なくせに自分がどこかでラリパッパになってコンドームをするのを忘れたからだとかたくなに信じている。さらに言うとミミィはガキの父親は俺以外のストーカーだとかぬかしやがった。ゆうべトイレの個室の中で。
ハンドルが青く変色してゴムホースのようにぐにゃりと曲がった。俺が驚いてハンドルを引っ張ると、ハンドルはろくろっ首のように根元から伸びた。
「ああああああ!」
おい、ハンドルが伸びたぞ!!
車は赤玉さながら黒い子宮の中へ飛び込んでいく。赤色灯が巨大な赤血球のように丸くなって窓の外を次々と飛行している。
「ヒゲ!! ハンドルがガムみてーに伸びちまったじゃねえか! あ!?」
バックミラーの中でヒゲ男が笑いながらけばけばしいピンクのコショウ入れを振り乱していた。「ピザ食うと虫歯治る!」俺はピンクのコショウ入れの中身のラリパッパがハロハロ帝国の陰謀だと気づき、後ろのシートに身を乗り出してヒゲ男から急いでコショウ入れを取り返そうとした。
「てめえっハロハロ帝国のスパイだろ!? 変なもん盛りやがって!!」
「あーーやめろ! ハロハロ天国だ! 帝国じゃないーーっ」
車は発光する子宮の曲がり角に吸い込まれて思ったよりも硬い強烈な感触でクラッシュし、瞬間俺もヒゲ男も車内でピンボールの玉のようにはねくり返った。
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