レインボー・チリ・ペッパー [2/2]


 へしゃげた鉄の塊からどうにか脱出した俺は黒い子宮が実はコンクリートの柔らかいトンネルであることを知り、真っ赤な空気の中で立ち上がったあと二時間ほど片足立ちで浮遊してから足を下ろした。内臓がバウンドした音が聞こえる。トンネル内の臭くて緑色のニオイが赤い空気の中に混じって視える。アスファルトに這いずりだしてきたヒゲ男は右足の膝から下が妙な方向に捩れていて、血まみれ粉まみれになりながらまだおかしそうに笑っていた。
「デブ! なあなあ緑のバンビが百匹ぐらい走ってくる音が聞こえる」
「あああいねえよおおおおおおおそんなのは!」
「ミミィちゃんと大地。ミミィちゃんは大地なんだ。おまえら二人で合体してバイブする白い石鹸なんだろ?」
 ヒゲ男はミミィの名を連呼しながら公然とズボンとパンツを脱ぎ、アスファルトにうつ伏せに寝そべって腰を動かし始めた。奴の一物がアスファルトを貫通して大地と接合した時世界は奴の精子に犯されるという危機的な状況を阻止するため俺はへしゃげた鉄の塊からはずれかけたバンパーをむしり取ってヒゲ男を後ろから三百発近く殴り続け、奴の脳みそが頭からファストフード店のシェイクのように出てくるのを確認したあたりでミンチにならなかった奴のケツに蹴りを一発おみまいした。ヒゲ男はやっとおとなしくなった。
 このトンネルはどっちが出口なのか。どっちが入口なのか。俺は両方に目を凝らしてハロハロ帝国じゃない方へ足を進めることにした。天井に定感覚でつけられた扇風機が空気を混ぜて俺の足にはたらきかけ、俺は何度も足をとられ転びかけた。斜めになったまま三十分ほどフワフワ歩いている時が一番心地よかったが、あとはおおむね気分がよくならず、早くこの赤い世界から出たい気分で一杯だった。
 途中でディスカバリー号の発射シーンのあの炎がロケット燃料じゃなくて核なのではないだろうかと思い始め、トンネル中をSF映画のクラシック音楽が足を生やして俺の脇を大行進していった。俺は宇宙に飛び立つために生まれてきたのです……今はこんなところでふつうの人としてくすぶっているけれど。
 三日ほどトンネルを歩いたと思うがトンネルを出られなかった。携帯と腕時計が途中から読めない文字しか表示しなくなり、壁の標識もいっさいがっさいが読めなかった。全部ハロハロ帝国の陰謀だ。俺はハロハロ帝国に捕らえられ巨大な女の子宮に捕らわれた虜囚なのだ。ざらついた壁にはどこもコールタールとヤニがしこたま付着しており、俺は三日と二十分の長さの違いがわからないまま道路脇にへたりこんでしまった。

 ナンセンスだ……。

 さっきヒゲ男がバンビの蹄の音とか言っていたのは実はトレーラーぐらいでかい芝刈り機の音だった。全部意味があるくせして大した意味がないんだ。去勢された意味ってやつだ。俺は遠くに回ってる芝刈り機がこっちに来て俺をミンチにしないうちに立ち上がってまた歩きだす。
 一週間歩いた甲斐があった。UFOみたいな赤血球をばら撒き続けていたコールタールのトンネルはようやく外への出口を無限にあけ、赤い光のリボンを巻いた白黒のハイヤーを俺の前に待たせておいてくれた。



「君、ちょっと署まで来てもらおうか。トンネルの中の死体は知り合いかね」
 くすんだブルーの制服を着た警官が俺の両手に本物の手錠をかける。俺はまだ事情が呑み込めていなかった。見ると、重い手錠をつけた俺の両手は血まみれで、俺のシャツも血まみれで、俺のズボンも血まみれだった。
 俺は至って正気で本気だった。
「汚ねえなあ。これバンビの血だろ?」

【End.】

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