パロットは天国へ行った [4/4]


 ナカジマは猫を埋める。死体のおぞましさにためらうマイの前で乾いた猫の亡骸を素手で抱き上げ、アパートの前の原っぱにつれてゆく。ナカジマが部屋を出るとミケーレがそれに付き従った。一人と一匹の厳粛な儀式の前にマイと管理人は声もなく、ナカジマが「シャベルかスコップを下さい」と言うまで、突っ立っていた。
「マイちゃん、見て。こいつ首輪に名前が書いてある」
 群青色のエナメルのベルトには、『パロット』と油性マジックで書かれた名前が入っていた。マイはそれまで死体のおぞましさに何となく死体を見られずにいたが、朽ちすすけた毛皮に巻かれた首輪の名前を見ると、急にその死体が哀れに感じられた。
「置いていかれたんだ。夜逃げかなにかする時に、邪魔だったんだろうな」
 あとで連れて行くつもりで結局迎えに来なかったのか、全ての情を断ち切るためにあえて置き去りにしたのか。ナカジマはさまざまな理由を頭の中で考えたが、詮無きことだった。いずれにせよ飼い主は猫を自由の身にはせず責任を放棄し、猫は閉じ込められてそのまま死んだ。
 猫の死体を見つけたあと、ナカジマはもう猫の霊を見つけることができなかった。近くにあった石ころを拾ってきて無名の墓標をたてると、管理人が猫のために線香をもってきてくれた。ナカジマとマイと管理人が猫の墓に線香を供え手を合わせる。ミケーレも三人に合わせて頭をうなだれたように見えた。美しい香と共に線香の煙が細く夜空へ昇った。
「かわいそう。死んでも名前さえ呼んでもらえないなんて」
 マイは管理人に頼んで油性マジックを借りると、石ころの墓標に『パロット』と名前を書いた。「パロット。苦しかったよね。ごめんね」マイは猫の生前の姿さえ知らなかった。涙も出ない。ただ、誰かが人間の罪を詫びなければならないと感じていた。ナカジマは咎めるでもなく静かにその一部始終を見守っていた。
 ミケーレは祈りが終わるとやかましく唸った。それがまるで三人に向けて抗議しているようで、ナカジマが話を聞こうとするとミケーレはブロック塀から屋根へ、大きな身体を跳躍させて逃げた。マイと管理人はかの三毛猫に怒られた気がして、そこはかとない罪悪感に顔を暗くうつむかせた。
「大丈夫だよ。あいつ、マイちゃんや管理人さんには感謝してるって。見つけてくれてありがとうってさ」
 ナカジマはつぶやいた後、ミケーレの上った屋根を見上げてながいことその場に立ち尽くしていた。ミケーレはきっと生前の猫の知り合いで、あの猫の生きて動くすがたを知っていた。

 ミケーレは云う。
 生き物が孤独に死ぬことは、めずらしいことではない。それは夢や平和と同じだけの比率でこの世に存在する。かなしいことをいちいち嘆いていてどうするのだ。それは草木のように地面から無限にわいてくるものなのに。
 この国には猫のゲットーがある。猫のアウシュビッツがある。野良と飼い猫という立場の差もある。だが猫たちはそれを知らず、最後まで己の生を全うして死んでゆく。
「”パロットは天国へ行った。あの子は、最後まで目の前のいのちを生きた。あたしにいえることはそれだけだわ。……ニャーゴ”」

 マイにはその声まねを聞いて、なぜ彼が今そんなふざけたことをするのかわからなかった。聞き返そうとするとナカジマは突然マイの側から離れた。ブロック塀を登り、そこから排水用のといのパイプをつたい、屋根にとっつかまって一番上へよじ登る。ミケーレの隣に、はいつくばる。
「ふうん。これが猫の視線か。きれいだな」
 マイがいくら下から呼んでも、ナカジマはしばらく返事もしなければ降りてもこなかった。そのまま街のすがたを眺めているのだ。そうして、眺めながら泣いているのではないかとマイは思った。

【End.】

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