螺旋回廊 [3/3]


「なあ」
「なに」
「お前は”結婚して”って言わないんだね」
「結婚してって、何をどうするの。友人を招いて挙式をするの? ハネムーンをするの?」
「そうだよ。そういうものを夢みるんだ。俺だったら行き先を厳選して毎日夢のような景色を見せてあげるよ」
「新婚旅行の間はでしょ。……逃げたくても逃げられない関係なんて考えられない。ましてあなたと」
「おいおい、そんなことを言うがね。この前からお前がころころ変えてるうさぎやら人形やら犬やら……あれは一体なんなんだ」
 二人ともがベッドの中でむっとして遠くを見る夜に、犬の遠吠えがうるさかった。男は自分から女をなじったが、結局女が男に背を向けて何も言わずにいると自分も背を向けて眠り込もうとした。
「吠える声がうるさいわ」
「去勢してしまえよ」
「うん……何かが違う」
 女がふらふらと寝室を出て螺旋階段を降りていく。しばらくして犬の遠吠えはしなくなった。
 男が寝室を出て螺旋階段に座り、吹き抜けの天井からガラス窓越しに月を見ていても女はなかなか戻ってこなかった。アクアリウムのタニシもそろそろ風景に同化していて、捨て頃のように感じた。新しい水草を入れて魚も入れればまだ保つだろうか。あの水槽は圧倒的な存在の風化に、耐えられるのだろうか。
「ねえ、大型犬ってゴミに出せるの」
「無理。死んだ?」
「うん」
「物置にシャベルがあるから庭に埋めよう」
 男は口から泡を吹くゴールデン・レトリバーを月夜の下で庭に埋めた。作業を通して男と女は仲直りし、あくる日にはまたそ知らぬ顔で二人きりの朝食を摂っていた。二人はやがて施設から十歳ほどの里子の少女を一人調達し、ぼろだった服を男の手によって新品のブランド子供服に変え三人で食事をとるようになった。里子の少女は男の邸宅に入った瞬間から螺旋階段のフロアの異様な雰囲気に首をきょろきょろさせ、まったく自分の家とは思えない様子でがたがたと震えていた。
 里子の少女は二日もたなかった。女は朝食の場で男と自分と間に座る少女を見比べ、またも軽い調子で眉をしかめた。
「何かが違うわ」
 ふむ、と相槌をうちながら男と女は見つめ合う。二人の間に座る里子の少女も二人にとってはまた欠落していたのだった。男はそろそろ赤い壁紙の方にも飽きてきたので週末には青い壁紙にしようと言い出し、タニシと一緒に里子を殺して土に埋め女と一緒に新しい水草を買いに行った。

「ねえ、飽きたわ。今度はフロアの壁を塗らない」
「そうだな。寝室は青くするから、オレンジで塗ろうか。いい具合に補色になるかも」
 男はマセラティに乗りながらけさ朝食の場に座っていた少女の違和感を考えた。そうして途中で買い物に行くのをやめ、勝手に車をUターンさせて再び自宅へと向かった。
「どうしたの」
 忘れ物でもしたのかと小首をかしげている女をとりあえず家まで運び、ガレージに車を停めると女の手を引いて家に入り螺旋階段を音を立てて一段一段のぼっていった。
「やっぱり俺たちで作ろう。子ども」
 本能的な判断だった。男の言葉に女は初めて寒気にも似た納得を感じ、全身全霊で叫んだ。
「破滅するわ」
「うん、そんな気がするんだけどさ。一旦思いつくと、もう他のことは何をやっても退屈なような気がする」
 かくて二人は退屈を紛らわせるもっとも刺激的な行為のために真っ赤な寝室に戻り、手を取り合ってベッドへ向かうのだった。

【End.】

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