螺旋回廊 [2/3]


 お洒落を気取るスノッブ男の多くがイタリア製品を愛するという中流層の思い込みをなぞったものかどうかは知らないが、男は一軒家のガレージにマセラティ・スパイダーを一台持っていた。
 家の中で工具箱を傍らに男がディオールの時計を電話脇へ打ち付け終わると、二人はマセラティに乗って都内のブランド通りへと繰り出した。男も見栄えが良かったが女もディオールの時計程度には見栄えが良かった。二人は通りをゆく人々の羨望のまなざしを浴びながらウィンドウ・ショッピングをし、結局女の趣味で時計ではなく高さ一メートルほどの大きなうさぎのぬいぐるみを買った。夜はホテルのレストランで夜景を見たが、男も女も頭にあるのはあの異様な邸宅の改装のことばかりで夜景も高級料理の味も大した記憶には残らなかった。
「ねえ」
「ん?」
「三人掛けか四人掛けのテーブルを買いましょう。うさぎを床に置きたくないわ」
「それは構わないけど。というか、お前さんは俺の家に住む気なのか」
「居心地が良いからもう数日いても良いかしら」
「良いけれど」
 女は自分から住みたいと言ったわりには自分で違和感を感じたらしく、男が帰りに四人掛けのテーブルセットを買ったところで「やっぱり帰るわ」と言い出した。男は「それが良いだろうね」といいながらテーブルセットを自宅に運ばせ、代わりに自宅にあった十人掛けのテーブルセットを引き払わせて女のうさぎを四人掛けの椅子においた。男は翌日テーブルについたうさぎと自分と空き席二つとで静かな朝食をとり、その日の仕事を終えると女を邸宅に連れ帰ってうさぎを交え夕食をとった。女は二日もするとうさぎのぬいぐるみにも飽きた。男が壁紙業者に手配をする前にぬいぐるみはゴミに出され、
「もうちょっとリアルなのを置きたいから人形を買って」
 という女の一言で男は女に年代物のフランス人形を買った。

 男が深夜のたわむれから目を覚ますと、女はランプの光を壁にかざしてまた絵を描いていた。ベッドで眠っていた男の寝顔のクロッキーが、白壁に浮かび上がる。
「嫌だな。俺の似顔絵を描くなよ」
 男はそれまでになく険悪な表情を浮かべた後で絶対に壁紙の張り替えを急がせなければと考えた。男は自分で鏡を見るのと違って、他人に似顔絵を描かれるのが嫌でたまらなかった。自分を見る他人の心の中を直に覗くようでぞっとするのだ。
「あなたも何か描けばいいわ」
「嫌だね。何を描いたらいいかわからないし、お前とだと悪趣味になりそうだよ」
「一度くらいきちんと見ておいたらいいのよ。悪趣味というものを」
 男は女の勧めにも首を横に振る。そこまでして意図的に家を悪趣味に走らせる気はなかった。
「似顔絵以外は何を描いても良いけどな、その絵は週末になったら壁紙ごと根こそぎ剥がして捨てるからね」
 翌朝男はフランス人形の女の子を間に挟んで女と朝食をとった。今まで男に結婚をもちかける女は何人もいたが、男はあの打算の入り混じった砂糖菓子のような口調に出会うとそのたびにうんざりしてその折々の彼女を取り替えた。家のちぐはぐな調度品に女たちが持ち込む安定や憧れの色も何度となく壁紙や調度品を変えては消す羽目になる。
「何かが違うのよね」
 朝食の場で女は早くも男の買い与えた人形に向かって考え込むそぶりを始めた。朝食の場で二人の目はフランス人形の少女にそそがれる。小さくてマホガニーの椅子から今にもこぼれ落ちそうな、完成された形骸だった。
「俺とお前さんとフランス人形でかい?」
「閉ざされた未来って感じの構図が嫌」
「まあ確かにね」
 女は結局二日後にはフランス人形をゴミに出していた。週末になって男の家にリフォーム業者が訪れ、男が改装の間マセラティで外出していると帰ったときには男の寝室は鮮やかな赤の壁紙になっていた。
 夜になると女は突然ゴールデン・レトリバーを買って家に帰ってきた。寝室のプロジェクターで映画を見ていた男が突然の犬の鳴き声に驚き螺旋階段に出てみると、階下に人懐こい顔立ちをした大型犬と女が立って男を見上げている。
「どう。かわいくない」
「うちに犬小屋はないぜ」
「ガレージで寝かせてよ」
「おい! ガレージに入れたら殺すからな。そんなの玄関に縛りつけとけ。冬じゃないし屋根は明日以降でもいいだろう」
 犬を玄関の柱にくくりつけたあと女は男の部屋にあがり、真っ赤になった部屋の中で映画を垂れ流しながらベッドの中でたわむれた。ゴールデン・レトリバーは他のものと違って結構長持ちした。女は落書きが捨てられたのを惜しんだが男としばらくの間むつまじい関係をもち、二人で犬小屋を買うときも皿を買ってドッグフードを流し込むときもご機嫌な調子でいた。

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