Cold Breaker その1

 惑星セノリウスからライブルグ星系の宇宙ステーションに向かう巡航船の経過は順調だった。外部からの情報は往復に三週間を要する光速通信のみになり、船員たちは今回一年二ヶ月という片道の航行期間をいかに平和に、退屈せずに過ごすか知恵を絞る日々を送っている。三層から成る小窓の外では漆黒の空間に星海の光がぎっしりとひしめき、巡航船の動きに合わせて絶え間なく一方向に点描の動きを変化させていた。
 船員用のラウンジは小じんまりとしながら、年単位の航行に耐えるべくレザーや木材やクッション素材をふんだんに使った丁寧なつくりになっていた。テーブルと椅子はそれぞれ壁と床に収納できる据え付け式だ。船員たちは小窓の外にすっかり見飽きた星海を仰ぎ、手元のトランプに視線を落としてはため息をつく。
「人類初の違法アンドロイドがどんな人種で、男女どちらの性別だったか君は知っているか」
 フェイ・ハントは目の前の優男に突然そんな話題を切り出され、咥えていた紙タバコの端を噛みながら吊り目がちの目に光を滑らせた。ハートの3を捨て札の山に切ったが、現在の手札ではポーカーの勝負には分が悪い。
「いいや。アングロサクソンの金髪野郎かな」
「はずれ。黄色人種の成人女性だそうだ。厳密には当時地球で一番多かったチャイニーズの若い女性で、麻薬組織内で麻薬の運搬用に密造されたものだった」
 ”優男”──テレンス・アンドリュースはこの船内にうろつく船員たちには似つかわしくない、清潔なワイシャツ姿にのりのきいたスラックス、レザーのジャケットといういでたちをしていた。服の上に鎮座している顔にはブルネットの前髪が眉毛の上までかかり、白人系の特徴が色濃い。いつでも作業用のツナギ姿に混血の黄色い肌をしたフェイとは対照的だ。フェイはポーカー勝負の癖から相手の性格を測ることがしばしばあったが、そんな彼の目から見てもテレンスの長考するたたずまいは”つくづくお行儀がよかった”。
「今と比べて粗製だったが、惑星内の飛行便に乗ってもまったく気づかれなかったそうだ。金属探知機にも引っかからなかった。ただ少しだけ歩くのが下手で、移動先の空港で税関を抜けた後に混雑に巻き込まれた。そこでデカいスーツケースを引きずった中年女性にタックルされて、転んだところでギアが一つ壊れて、動きがおかしくなって発覚した」
「指にナットみてえなデカい指輪はめてんだろうな、そのオバさん」
「発覚した後、世界中に衝撃が走った。いつかその日がくることを誰もが予見していたわけだが、ロボットの中に人類への完全な擬態を果たしたものが出たわけだからね。人種間対立どころの騒ぎじゃない。黄色系の民族は比較的事件に対して寛容だったが、他の民族はそうはいかなかった。とりわけ個人のルーツにうるさい白人系に至っては、集団ヒステリーに陥って一年でロボットを規制する国際法を締結させた」
 後にハロジュ条約と言われるそれは、人型ロボットに関する外見的・内部構造的な自由を著しく制限するものであった。人型ロボットと認定された世界中の機械に検閲がなされ、特に頭部があるものについては表面の二十五パーセント以上を革素材以外のもので覆うように規制が敷かれる。多くのロボットは頬や額を金属コーティングに変更したり、目や耳の部分を金属バイザー化することでこれに対応したが、既に作られていたもので条約に従わないロボットについては政府が徹底的にこれを破壊・廃棄処分にした。
「視覚、聴覚、嗅覚、触覚、味覚、さらに金属反応や熱探知や放射線検査、生体反応に基づいた微細なゆらぎ……政府と非合法組織とのいたちごっこだ。いくら違法なロボットを見つけて破壊してもすぐに次世代のハードが生まれる。ロボット工学は政府と非合法組織の二人三脚で瞬く間に飛躍した。
 そしてあらゆる面でロボットによる人への擬態が成立するようになった時……悪夢は始まった」

 現在、星間飛行時における犯罪の四割ほどは非合法ロボットの仕業だといわれている。うち二パーセントほどが完全な擬態を用い人間の船員扱いで宇宙船に乗り込んだ輩だ。年単位にわたる長い船旅の間そういった犯罪を防ぎ、犯罪が起これば犯人をつきとめて捕らえ、人と機械もろともの秩序を保つためにテレンス・アンドリュースは保安官としてこの船に乗り込んでいるのだった。
 人類は惑星間を行き来できるだけの技術と引き換えにまたひとつパンドラの箱を開けた。あとどれだけ生命の根幹にまつわる部分を売り渡すことができるのか想像もつかない。長い睫毛を伏せて憂うテレンスの語り口に対し、フェイの態度は当世人らしく楽観的だった。
「うーん、別にいいんじゃねえの? 中身が生身だろうと機械だろうと。機械だって笑ったら可愛いし、生身だって爆弾持ってたらヤバいのは一緒だろ」
「人間の中身が知らないうちにまったく別のものにとってかわっているかもしれないんだぞ。こんな悪夢があるか。君たち黄色系はどうしてそんなに気楽なんだ」
「さてどうしてだろう……俺さ、機械が好きだもの。ボルトの一本にだってよく見ると個性や魂があるんだぜ。それに今のアンドロイドっていいやつだと体温や涙だってあるし、指にトゲ刺さったら痛がったりするじゃん」
「どれも擬態だ。体温は代替皮膚に連動したサーモスタットで管理してる。涙は内蔵されてる生理食塩水だし、泣くのも痛がるのも人間の行動を学習して模倣しているだけ」
「人間だって模倣して学習する」
「無機物に魂なんてものがあるか。いくら人型をしていてもロボットはロボット。ツールの線を越えることはない」
 人類が宇宙に飛び出した後も、人種ごとの生命観は雑多になりこそすれ統合されることはなかった。テレンスはため息をつきながら場にクラブの6を捨て、テーブルの上に5ダール硬貨を置くとチャコールブラウンの瞳でじっとフェイの表情を観察してくる。掛け金がコーヒー三杯分と少ないせいもあるが、その呼吸数の乱れの少なさから彼がそれなりにいい手を揃えたらしいことをフェイは洞察した。
「コール……俺は4と10のツーペア」
「ダイヤのフラッシュだ」
 フェイが舌打ちしながらテーブルに押し出した5ダール硬貨をテレンスが微笑しながら自分の手元へ拾い上げていった。船内には一人でできるビデオ・ポーカーの機械もあるのだが、二人ともモニター画面と向き合うのは趣味ではない。フェイは対人相手に現金を賭けて行うギャンブルのスリルにすっかり嵌まっていたし、意外なことにテレンスもギャンブルにはこだわりを持っていた。
「随分負けがこんでるんじゃないか。コーヒー代も積もると大変な額になるぞ」
「掛け金が少ないときは負けてやるのもサービスなんだよ。楽しめただろ?」
「大金を賭けたときが怖いな」
 生身の人間と向き合ってやるギャンブルほど、人間そのものを学べる場所はない。……保安官であるテレンスは向上心豊かにそう打ち明けたことがあったが、フェイはミイラ取りがミイラになる日もそう近くないと思っている。そのうちテレンスが大金を賭けるようになったら今までの負け分を回収すればいいのだ。ある一定額以上のギャンブルにおいて、フェイは自らの動物的嗅覚や勝負勘に絶対の自信を持っていた。
 勝負を終えて二人が一息ついていると、テレンスのレザージャケットの中から呼び出しを告げる無線の音が鳴った。彼はフェイに一言断りを入れるとポケットから手のひらに収まる大きさのインフォ・バーを取り出し、メッセージに目を通す。
 フェイはテレンスが席を立つのを見送ろうとして、思い出したように彼に声をかけられた。
「フェイ。確認するが君はメカニックだよな?」
「そうだけど」
「時間があるならちょっと一緒に来てくれないか。エリザが客室に異常があると言っている」


 縦三段、横五列、計十五個のモニターと各種計器類から成るオペレーション・ルームの隅に黄色いプラスチックの外装をした四輪駆動の機械が稼動していた。ちょうどその大きさと形状から周囲には「掃除機」と呼ばれ、実際部屋の掃除にも使われていたそれは、主が部屋にかけつけると配線をつないだ体のてっぺんを点滅させて主の目の高さにホログラフィの文字メッセージを出現させた。
『ルームBの管理プログラムにエラーが出ています』
 テレンスの後についてオペレーション・ルームに入ったフェイは、”掃除機”の稼動状況を見て不服そうに眉をしかめた。
「あんた、またクラシック・モードにしてんのか」
「こっちの方が動作が速いし使い慣れてる。毎回顔を突き合わせるたびに挨拶をされるのは面倒だ」
「もったいねえの……なあ、ちょっとだけトーク・モードにしてもらってもいい? お願いちょっとだけ。ね」
 興味本位な態度を隠しもせずにねだりこんでくるフェイのお調子ぶりをテレンスは扱いづらそうに見ていた。少しでもフェイに構っている時間が惜しいと思ったのか、テレンスはインフォ・バーを取り出すと側面のボタンを何度か押してそのままフェイに見向きもせずにオペレーション・ルームの椅子に腰を下ろした。
 それまで味気ない電光文字だけを映していた”掃除機”の上のホログラフィに、等身大の若い女性のバストアップが映し出された。本物の人間と言っても差し支えない精巧なビジュアルだ。長い赤毛のロングヘアと垂れ目がちのぱっちりした瞳、白い肌に浮かんだそばかすがスペース・スーツに身を包んだ体に良く似合っていた。
「こんばんは、マスター。こんばんは、ミスター・ハント」
「ああ、エリザ」
「久しぶり。こんなきかん坊がマスターじゃエリザちゃんも困らない?」
 エリザと呼ばれた立体映像は頬を赤らめて苦笑し、
「マスターは仕事熱心な方ですから」
 と言って口を濁した。フェイがそれに合わせて軽口を叩いている間にもエリザはモニターに向かっているテレンスの姿を見つめている。十五面のモニターから発された光がテレンスの横顔を照らし、その瞬きの数を減らして次々に光彩の模様を変える。
「一見して異常はないように見えるが、エラーの内容は?」
「はい。動画データの内容に外部から上書きがかけられています。一日分のデータを繰り返し再生するように設定が変更されているようです。警告プログラムがエラーを起こしていて作動しません」
「客室前の監視員に警告は送ったか」
「はい。警告時には応答がありました。何らかの対応がなされているとは思いますが、マスターに連絡は来ていますか?」
「いや、来ていない」
 フェイが腰を上げ、テレンスの後ろからモニターを覗き込む。二人とエリザの視線の先には全客室内の監視カメラの映像が味気なく展開されていた。フルカラーの精細な画像を通してさえその風景が寒々しくて、フェイはツナギ越しに身震いした両腕をさすった。
 客室内の温度は全て氷点下に保たれ、無数に並ぶ冷凍カプセルに霜をおろすだけの静寂の世界と化している。百二十人ほどの老若男女が八つの部屋に分けられ、一人ずつコールドスリープ処理を施されて眠っていた。この客船内では乗客がコールドスリープにつくことで酸素や食料、各種エネルギーの効率化が図られており、結果として船員以外で目を覚まして船内をうろついている人間は一人もいないはずだった。
「乗客のバイタル(生態情報)は」
「検索中……エラーが一件出ています! マスター、早く現場を調べてください」
 テレンスとフェイの顔に緊張が走った。エラーを感知するなり声を震わせ、見るからに不安げなしぐさをし始めたエリザを前にしてテレンスは目を細める。彼はインフォ・バーを操作すると声をかけるでもなくエリザの立体映像を消去してしまった。
「あんた、ちょっと……」
「一緒に来てくれ。客室へ行く」
 掃除機に戻ってしまったエリザを無視して小走りにオペレーション・ルームを出るテレンスに、フェイは緊急課題でもない抗議をし損ねた。彼がテレンスを追って部屋を出た後には、赤文字で警告文を表示するエリザのプラスチック・ボディだけが残されていた。


 若い男二人が狭い船内の廊下を駆ける。長い船内生活にも関わらず、テレンスの走る速度は半ば公務員、半ば戦闘員としての彼の資格を決して損なうことがなかった。フェイもフェイで機械に囲まれた環境を知り尽くしている。彼は野生動物を思わせるしなやかな身のこなしで次々とコーナーを曲がり、無駄のないテレンスの走りについていく。
 客室前の廊下に出て監視員が消えていることに気づいたとき、テレンスは壁際に入口まで駆け寄りながらジャケットの中のブラスターを抜いていた。セオリーどおりに入口の二重扉を開けて体の向きを変え、緊張した面持ちで室内に銃口を向ける。
 無人の客室内から噴き出した冷気が一気にテレンスとフェイの体を撫でた。体が指先から冷たくかじかんでいくのにも動じず、テレンスは室内の様子をじっと凝視する。彼の後ろでは冷気に凍えたフェイが廊下の収納スペースから防寒コートを取り出し、一気に首元までジッパーを上げて鳴り出しそうな歯を噛み締めている。
「コートをくれ!」
 氷のように冷えたテレンスの手が、フェイの突き出した防寒コートをつかむ。フェイはテレンスがブラスターを下ろして中に入っていくのを確認してから初めて客室内の様子を確認することができた。
 エリザが室内の照明を明るくしてくれたのだろう。真っ白に光を乱反射する室内の中で、十四機ある冷凍カプセルのうち一機が乱暴に開け放たれていた。開かれたカプセルの中にあるはずの人間の姿がない。代わりに空のシートがあり、霜柱のように折れた人間の頭髪が散乱している。
「何だよこれ」
 切れ目なく白い息を吐きながら顔を歪めるフェイの隣で、テレンスは冷静にインフォ・バーを取り出して耳にあてた。
「バンデッドかもしれない」
「バンデッド?」
「凍った人間を持ち出して金品や個人情報を盗む」
 コールドスリープ状態の人間を強奪し、個人認証に必要な目玉と両手首から先だけを削り取って残りを宇宙空間へ捨ててしまう。時には盗み出したデータを擬態に使って被害者本人になりすますことすらある──宇宙進出後に人類が対峙することになった新しい形の蛮族だった。
「エリザ! 船内の全領域に警報を出せ。ゲストルームBで事件発生、乗客一名が行方不明。乗客用の貨物室をロックした後に不審者がいないかスキャンしろ。船外作業用のゲートと非常用脱出ポッドも全てロックだ」
 船内の照明が禍々しい赤色に明滅しサイレンが鳴り響く。警戒を呼びかけるエリザのアナウンスが流れる中、乗客の眠る冷凍カプセル群が静止しているのがフェイには不気味に見えた。テレンスは再びブラスターを構えながら機敏な動きで室内の物影を点検し、誰もいないのを確認すると廊下に飛び出して奥へと向かう。吐息の水分だけでコートの防寒コートの淵が凍った。フェイはテレンスの後を追ってとりあえず客室の外に脱出し、二重扉を閉めた後に防寒コートを脱ぎ捨てて気の動転するがまま周囲をきょろきょろと見回した。
「テレンス。ちょっと待てって……」
 既に十数メートルも離れてしまった距離でフェイのもつれた声は届かなかった。テレンスは機械のような速さで廊下の突き当りを折れて走っていく。こういう事態のプロと素人との差がはっきり出た形になった。フェイはテレンスの姿が見えなくなった時点で彼を追うのを諦め、ふらつきながら近くの窓のところまで歩いていって大きく息をついた。

 宇宙は、ひとたびその中に飛び出してしまえば再び他の惑星の腕に抱かれるまで何者の助けも得られない場所だ。人類がその恐るべき苦境を克服するまでにはまだ幾世代分かの技術力を必要とした。さしあたって今は外部からの助けは来ない。今すぐ光速通信でSOSを出したとしても救援がくるまでには一ヶ月以上はかかるだろう。
 いつまでも明けることのない星海をじっと遠くまで見つめていると、フェイの視界に見慣れない星のゴミがいくつも漂って船尾へと流れていくのが見えた。
 砕け散った肉や、骨や、内臓や、脳漿。それらがおのおの凍りついて真空の宇宙空間にばらばらに飛んでゆく。量にして人一人分。
 目玉が飛び出しそうな状態で絶句していると最後に飛んできた氷漬けの眼球と目が合った。それは数分前まで生きていた人間だ。コールドスリープで凍りついた人間であれば宇宙空間に出ても爆発せず、人型を保ったまま絶命することをフェイは知っていた。現物など見たことはなかったが。
 あと数秒で自分は胃を突き上げる吐き気に負けるだろう。ほとんど直感的にフェイはさっき見つからなかった監視役の船員が窓の外で汚い氷の花火になったことを確信していた。こんなときの勘は絶対に外さない。外したことがない。


「Cold Breaker」

●Novegle対応ページ ◎作者:桔梗鈴◎カテゴリ:歴史◎長さ:中短編◎状況:完結済◎ダウンロード◎あらすじ:夏休みに祖父の戦争体験を聞いた少女は、夢で死別した祖母に会う。祖母の願いを聞いた少女が次に目覚めたのは終戦直前の東京だった。
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