その世界は私たちのいる世界と理が違っていた。機械文明は半ば廃れ、代わりに呪術や魔法がそれを補い凌駕していった時代のことだ。世界には魔術の属性を持った武器やら寺院やら召喚獣やらが溢れ、殺戮と魔法による強制的な再生によって時間軸はいびつに変形してゆく。
レモ・クラックス率いる『共和国軍 紅玉第三部隊』は晴天の中帝国軍の未確認部隊に遭遇し、草原を咲き乱れる菜の花畑をみるみる炎上させながら血なまぐさい戦闘に突入していた。自軍が二十名ほどいるのに対し敵軍は十数名。しかし指揮官に有能な召喚士がいたのだろう……戦闘中にフィールドの中央がひきつれ、明らかに方向性を無視して回転する重力場から五メートル以上はあろうかと思われるレッド・ドラゴンが出現した。ドラゴンが吐く物理性の炎は
「隊長、ここは危険です! 早く退避してください」
「あのドラゴンと召喚士を破壊する。もう少し時間を稼げ」
「しかし……!」
指示を仰ぐ副官の前でレモは禍々しい形状の杖を引きずって、簡易だが二重の魔法陣を描いていた。内側の円が杖の身長を少し上回るくらいの大きさだ。副官にはその杖が先端の宝石からおびただしい量の血を流しているのが見えている。誰を傷つけたわけでもないのに、その血はあとからあとから溢れ出て大地に魔法陣を描くインクとなる。
「二分で全員後ろまで退避させろ。魔法班は
レモの命令に副官が緊張してけたたましくラッパを吹き鳴らす。ラッパの音が何を意味するか第三部隊の全員が知っていた。魔法を使える少数の兵士は魔法を唱えながら全速力でレモの後方へと駆け戻り、それ以外の兵士はレモを守護するようにじりじりと後ろへ戻ってくる。残り五秒でレモより後ろへ下がって魔法の防御テリトリーに入るのが鉄則だ。
それは呪文を成立させるための魔法陣ではなかった。レモがいくら方向を指示できるとはいえ彼の魔法は全方向へと影響をおよぼしてゆく。それも、甚大な。彼の描く魔法陣は彼自身の魔法の威力をセーブするためにあるのだ。あまりにも過大な力は時として遠くにいる無辜の民まで巻き込むものだということを、彼は骨の髄からよく知っていた。
ドラゴンの火勢が風に巻かれて菜の花畑をどんどん焼き払ってゆく。か弱く焼け落ち、炎を纏って空へと舞い上がっていく黄色い花たち。そして草木の緑。レモのすぐ目の前まで。
背中で
足をつまづかせた兵が一人、足だけを
「……」
味方には聞こえない。レモの詠唱する
日常的とはいえ惨たらしい決着だった。戦闘のあとに残るのはいつも竜巻にでも見舞われたかのように荒れ果てた自然と、大小まんべんなくグロテスクな帝国軍兵士の肉片。晴天の中、生き延びた足元の菜の花たちが血と肉片で汚れている。
足を粉砕された兵士に治癒魔法をかけている魔道士の横でレモは苦りきった表情のまま瞑目する。どこまで治せるかというレモの問いに対して魔道士の答えは絶望的だった。
「骨も神経も完全に粉砕されている。しかも
単純に
しかし残念ながら現実は違う。
今や攻撃も治癒も学び尽くされた
「おそらく良くて一生車椅子で暮らさなければならないでしょう。処置が遅れれば命に関わります。傷口が魔法負けして化膿し始めている」
戦争が始まった頃から、魔法は歪んだ。それは明らかに平和目的のものから殺戮目的のものへ突出した進化を遂げるようになっていた。だからレモのような魔道士が隊長などになれるのだ。サポートの魔道士が
「隊長。仕方ないです。戦争ですから……」
”英雄”に兵士のかける言葉は限りなく優しい。
「喋るな。傷口に障るぞ」
レモが辛そうにしているのを見て、その兵士は両足をなくしたまま苦しそうに笑おうとしていた。兵士は本拠地に戻るまで持ちこたえられず、二日後に死んだ。
共和国暦五六九年、共和国と帝国による
「冷日の魔道士」
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