とりたてて名物もなく、さりとてうらぶれているでもない街のアーケード。男がそこを抜けようと歩いていると、花屋の前で知恵遅れの娘が木製の箱の上に腰を下ろして薔薇の棘を折っていた。
知的障害者特有の赤子みたいな顔立ちに小学生のごとく後ろで結われた髪。ぽっちゃりした身体をカバーしようと買い与えられたワンピースにカーディガンをつけ、その上から花屋のエプロンをつけている。ひたすら薔薇の棘を折るためだけに雇われたであろう娘だ。贅沢で美しい仕事を得た娘だと男はいたく感心して、そのまま足を止めて彼女を見つめていた。
例えば作業所で造花を作り続ける娘。贈答用の紙箱を折り続ける青年。彼らの仕事は美しい。その中でも、生の薔薇の棘を折り続ける仕事というのは最上級ではあるまいか。
男は、作曲を生業にしていた。音楽が生まれそうだと思うと彼は場所を選ばず何時間でもそこに留まる癖があった。薔薇の棘を折る娘の近くで男は何時間も彼女を見つめ、花屋の他の店員が声をかけるのもほどほどにあしらって思索に没頭した。
翌日男がアーケードの花屋を覗くと、知恵遅れの娘は結った髪に明るい赤色のビーズをあしらったゴムを巻いて木箱の上で笑っていた。薔薇も手に付かず、男の視線ばかりを気にしてはにかみ笑いを繰り返している。おそらくは花屋の他の店員が彼女に男の存在を吹き込んだのであろう。
笑う娘に、男は、”駄目だ”という残酷な感想を抱いた。やりきれない気分になって花屋の前を通り過ぎる。男はあくまで娘の美しい仕事のみを愛していた。それ以外を見もせずに美しいと礼賛するのは、彼の中の価値観に照らしてやはり傲慢なことであった。
「薔薇」 / 七夕企画「花ショート」より。銀縁眼鏡拍手御礼SS