ひまわり

 人の入っていない昼下がり。菜種油の匂いが染み付いた店の中に濃い太陽の香りがたちこめて、男は厨房からカウンターの向こうの女を見つめた。
 女は店のたった一人のアルバイトであった。カウンターに置かれた大輪のひまわりは花のすぐ下で折られ、今にもその表面から丸々と太った種をこぼしそうだ。男は自分の店を開いてまだ三年足らず。連日店に寝泊りしている男が季節を忘れないように、女はたまに道端の草をもってきて生ける。
「ひまわりって、花びらも種も揚げるか炒るかしたら美味しいって本当?」
「あぁ……。美味いんじゃないか。俺やったことないけど」
「やってもらってもいいですか。店長」
 肩にかかるほどの髪を後ろで二つに分けてきつきつに結んでいる。そういう女の少女のような部分を男は時々じっと見ている。黙ったまま、どろつきを心の奥底に秘めた深い目で。女はちいさな手で一つ一つ花びらをちぎり、ゆっくり数え始める。
「一、二、三、四、五、六、七」

 一年、二年、三年。情念の絡みつく目で男はじっと女を見つめ続けてきた。実際にはその手で女の手をとることもせずに。夢と仕事にあけくれて。気の利いた甘い言葉の一つもかけてやれないで。
「十五、十六、十七」
「なあ」
「なんですか? ええと、十八」
「お前この店に永久就職する気ないか?」

 ひまわりの花びらをつまんだ女が豆鉄砲を喰らったような顔をするのを見て、男は顔を赤くしながら咳払いをする。蠍が針を刺すように腕を伸ばして女の手を掴んだ。掴んだ瞬間手じゃなくて顔にしておけばよかったと思って、浮き足立った。
 しかたなく似合わない格好で女の手にくちづける。男はすぐに手を放り返すと照れ隠しに大声をあげた。
「ひまわり、数えろよ。十九だぞ」


「ひまわり」 / 七夕企画「花ショート」より。銀縁眼鏡拍手御礼SS


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