いつからか年配の男との不倫ばかり乗り継ぐようになってしまった女。そんな道行きがいやでどうにか一人になろうとしているのに、女は行く先々で精神安定剤になる男を見つけてしまう。失恋旅行先の山の麓で出会ったその男も女にとってはごく当たり前の恋愛対象だった。
なぜか一度でも妻子持ちになった男は嗅ぎ分けられる。男は五十代を前にした寂しい体つきで、一人ホテルのラウンジから窓の外のデルフィニウムを眺めていた。
「こんにちは」
声をかけると、男は冴えない顔をはっと驚かせて「ああ、どうもこんにちは」と会釈した。女はまだ近くへは踏み込みすぎないで話をし続ける。
「奥様と?」
「いいえ独りで」
「すいません、そういう風に見えたものですから」
男は寂しそうに、だが意外と若い顔で笑った。
「妻は十五年ほど前に死にました。でも今でもそういう風に見えるのなら、嬉しいです」
寡黙だった男は女が声をかけなければ山を登っている間中誰とも深い話をしなかっただろう。聞けば死別した妻との間にできた一人娘が、この春短大に入って家を出てしまったのだという。娘に彼氏がいるという話をする男の顔は抜け殻のようだった。
「思えば出張以外でこういう一人旅をしたこともなくてね。でもまあ、気持ち的には妻と二人で旅行しているようなものですよ」
ああ、これでやっと不倫がかなう。
二十歳近くも歳の離れた男を前にして女は思った。妻と二人旅といいながら、デルフィニウムを眺めていたときの男は不安げだったから。妻と結婚したのだとはいいながら、自分の男としての魅力がもうすぐ無くなってしまう現実に恐れおののいていたから。
女は男と一緒に山を登ろうと言い出し、一日かけて二人で山を登った後頂上近くのコテージで男と寝た。男は気が狂ったように女を抱いたが、翌朝になると我にかえったのか外に出て悔恨の嗚咽をもらした。
「デルフィニウム」 / 七夕企画「花ショート」より。銀縁眼鏡拍手御礼SS