その小さな恐竜の赤ちゃんが産声を上げたとき
世界中に灰が降った。
かれはブラキオサウルスという
立派な種族名をいだいた赤ん坊だった。
かれが子どもと呼べるほどに大きくなるまで
かれのお母さんは側にずっとたたずみ
そのながい首を向けてくれていた。
お母さんは言った。
「おまえにおひさまをみせてやりたい」と。
かれはおひさまがどんなものなのか しらなかった。
「ねえお母さん。おひさまってなあに」
「おひさまはねえ、おそらにきらきらひかってるものなのよ。
おひさまがでてくると おそらはきれいなあおいろになって
みんながあったかくなれるのよ」
お母さんは空を見上げた。
空は かれが生まれてから一度も晴れたことがなかった。
かれが生まれてから
ずっとずっと夜がつづいている。
くらい夜 あかるい夜
おひさまの見えない おつきさまもおほしさまも見えない夜
かれは小さいなりにながい首をのばして
おひさまというものを探した。
そんなかれを見てお母さんは言った。
「おまえは世界で一番長い日に生まれてきたのねえ」……と。
お母さんはかれと何度も寝て起きてを繰り返したけれど
”次の日”が来る様子は一向に見えなかった。
そのうち あんまり夜がながいので
二人はすっかり体をひやして動けなくなった。
二人だけでなく 周りの恐竜たちも
いよいよ体の力をうばわれて動けなくなった。
大人の恐竜たちは身をよせあい
死んだものから上へ上へと積み重なって
かれを寒さから守る壁となった。
かれはその時お母さんにたずねた。
「今日生まれたおともだちはどこにいるの」と。
「みんな卵のまんま まだかえらないのよ」
お母さんはかれにそう答えた。
「寒くなったらみんなの所へ戻ってらっしゃい。
みんながおまえをあたためてくれるからね」
お母さんはそう言って かれの前で横になった。
お母さんの体はみんなの体が積み重なってできた
ちいさなおうちの蓋になって
かれを外の寒さからまもった。
かれは お母さんがとてもねむそうなので
また とてもかなしそうなので
なるべくその顔のそばにいることにした。
「お母さん、何でそんなにかなしそうな顔をするの」
かれがそう言うと お母さんはその深い青銅色の瞳から
ひとすじの光るものをこぼした。
「おまえにおひさまをみせてあげられなかったからよ」
かれはその言葉にながい首をかしげた。
「お母さんの目からおひさまのかけらがこぼれてるよ。
ほら、きらって光ってるもの」
お母さんはそれを聞くと
かれをみつめてほんのすこしほほえんだ。
「そうね。かけらだけね」
お母さんは そのまま息もわすれて
ぐっすりとねむってしまった。
かれはそんなお母さんを見て
「あしたまで おやすみなさい」とつぶやき
おやすみのほおずりをした。
その”一日”の間に
世界はみるみる枯れ死んでいった。
大地から植物のみどりが消え
大気からかつてのぬくもりが消えた。
かれは黄色い木の葉を食べ
腐っていく仲間たちのあたたかさで寒さをしのいだ。
かれはこれこそが夜なのだと信じた。
そして いつ来るかもわからない”明日”を
かれはずっと待っていた。
「みんなのように 明日までずっと寝ていられたら」
かれはそう思う。
かれもまた みんなのように寝ようとするけれど
いつもしばらくすると起きてしまって
まだ夜が明けていないことを
みんなが眠ったままであることを 知るのだ。
ゆすっても誰もおきない
耳元で大声をだしても おきない
そんなとき
かれは目のあたりが熱くなる。
ぬくもりをくれるおひさまのかけら。
だけど 目からかけらがこぼれるたびに思う。
おひさまってこんなに哀しいものなんだろうか?
かれはあちこちをさまよった。
ごつごつした岩場 つめたい川 枯れた森。
おひさまを探しに。
そして あたたかい地面のあるお山で
かれは今までで一番おひさまに近いものを見つけた。
それは赤くぎらぎら光っていて どろどろしていて
近くにいるとあたたかいどころかあつくなるものだった。
けれど そのおひさまもどきは空までは飛ばず
しばらく地面を流れると黒くかたまってしまうのだった。
かれはがっかりして
またとぼとぼとみんなの所へ帰っていった。
そうして”一日”もたたないうちに
かれは遠くに動くいきものをみつけた。
かれはとてもよろこんだ。
ひさしぶりに動くものに会えたからだ。
かれは大急ぎでそいつにかけよって
どうしても話がしたかった。
けれどそいつはかれを見るなり
牙がいっぱいの口を大きく開けて
かれのことを食べようとした。
「ひどいよ!
ぼくはまだ今日うまれたばかりなのに!」
「うそをつけ! おまえほど大きな図体をしたやつが
今日生まれたばかりのはずがないだろ!」
「うそじゃないよ!
ぼくは、生まれてから一度だって
おひさまを見たことがないんだ。
おねがいだよ ぼくをたべるのなら
せめて明日まで待ってよ!
たとえ一回だけでもいい。
ぼく おひさまを見たいよ!」
その恐竜はかれを見て
どうしてか 食べるのをためらった。
「おまえ、おひさまを見たことないのか」
「うん」
「じゃあ、ひなたぼっこしたこともないのか」
「うん」
「……じゃあ、あのあったかいおひさまの下で
ともだちと遊んだことも、ないのか」
「うん」
「……おまえよう、
むかしは、いや”きのう”は、
あの辺の森はみんなみどり色だったんだぞ。
空気はとってもあったかくて、
この辺には、たくさんの、たくさんの、
本当にたくさんのいきものが
みんな元気に歩き回ってたんだぞ。
おまえよう、そんなこともしらねえのかよ。
そんな当たり前のこともしらねえで、おまえは……
……おまえは、笑うこともできねえで、生きてけるのかよ……?」
「……ぼくは信じてるもの。
明日になれば きっとみんな起きてくれるって。
それに さっきおじさんをみつけたとき
ぼくは本当にうれしかった」
その恐竜は「そうか」とつぶやいたきり
かれを食べようとするのを やめた。
というより 正確には
無性に胸が詰まって
涙がこぼれて 食べられなかった。
「さいごにおひさまみたの いつだったかなあ」
その恐竜は 本当におひさまが恋しそうな顔をして
かれの前でおいおい泣いた。
かれはほおずりしてそれをなぐさめた。
「だめだよ。おひさまのかけらはとっておかなきゃ。
外に出したら、あっという間に冷たくなっちゃうよ」
その恐竜はわかってると言いたげにうなずいて
まぶたをぎゅっと閉じた。
その恐竜は かれを食べてしまうといけないからと言って
また一人旅立っていった。
「明日また遊びに来てね」
とかれが言うと その恐竜は笑って
「必ず行くよ」と言った。
そしてそれきり
かれが他の動く生き物と出会うことは なかった。
何度となく 寝て起きてを繰り返し
ある日 彼はついに
ながい首を空にのばして笑った。
「みんな、もうすぐ朝が来るよ!
おひさまが空から降ってきたよ!」
凍てつくほど寒い世界の中で
彼は白い吐息をみんなに吹きかけて
もうすぐみんなが起きあがることをよろこんだ。
その小さな恐竜の赤ちゃんがやっと”一日”を終えたとき
世界中に雪が降った。
何億何十億の白いおひさまが降った。
夜空から降り積もるその小さなおひさまを浴びて
彼はぐっすりと眠った。
たとえ その後息をしなくなったとしても
朝が来て あの大空が真っ青になれば
彼は起きられると信じていた。
「夜の落とし子」