「わたくし、今までに五百と二十人のかたを殺してしまいましたの。五百のうち三百と四十七人は痛みのわかる赤子で、残り百と五十三人は痛みもしらぬ赤子で、さらに残りの屑みたいな二十人は赤子のお母さまでした。
みんな畜生のようにここへ埋めてしまいました。ですから、今もその二十人のお母さまには五百人の赤ちゃんがくずれた体でまとわりついていることでしょう。
いいんです。母親なんて死んでお仕舞いになればよろしい。可哀想なのは子どもだけです。子どもだけ……」
初夏のその土地に一本の桜の樹を詣でる老婦人がいた。彼女は元産婦人科医だった。年齢より遥かに老けた風貌で、真っ白な長い髪をきちんと結ってまとめていた。彼女の経営していた病院は経営主の引退と共にその崩れかけた姿を消し、その跡地にはまた新しい建物が建つことになった。
しかし、工事は全く進まない。桜の樹がそれを拒むからだ。桜の樹はかつての病院の庭に立っていたもので、樹齢はとうに五十年を越しているかに思われた。
いつからだろう。桜の樹の木肌に無数の顔が浮き出るようになったのは。
眼窩にぽっかり闇のある水子たちが苦悶する女性の全身にまとわりついて、ほぎゃあほぎゃあと泣いているというのだ。新しい工事の邪魔だからといって桜を切ろうとしたものたちは、みな水子たちにとり憑かれて気違ゐになってしまった。誰も誰もが
「泣き声が聴こえる」といって、
寝ても覚めても 夢の中でもきこえるといって
「もうやめてくれ」と叫びながら
自分の両の耳になにかしら棒を突き刺して
死んだ。
「わたくしのお母さまは、酷いかたでしたの。わたくしのことを畜生のように扱っておりましてね。よく『おまえは死ねばよかった』とおっしゃっていました。わたくしもよくそう思いますわ。あのようなお母さまに生かされるくらいなら死んだ方が幸せだったと思います。
ですから、わたくしは少しでも不幸な子を救ってさしあげようと思って中絶医になりましたの」
その病院は、中絶だけを扱うということで、どんな胎児でも中絶してくれるということで有名だった。うらぶれた土地にひっそりと建っているにも関わらずとうとう二十年間客足が絶えることがなかった。
未婚の女、幼すぎる女、うしろめたい女、既に臨月に達している妊婦。自分の人生が崩壊することを恐れた女たちはこぞってこの産婦人科を訪れた。
「わたくしがこの病院を始めたのは三十のときでしたわね。非合法で、いつ摘発されるのかしらとよく思いましたけど、とうとうわたくしが五十になって五百人の方を殺し終えるまでそれもありませんでした。
わたくし、気がつかないうちに政治家や暴力団の社長さんにコネができてましたのね。よくそういった方が娘さんを無理やり連れてきていましたの。それで、わたくしなどに頭を下げてくださいました。わたくし、今まで単に運がよかったのかと思っておりましたけど、そうじゃなかったんですね」
彼女の病院を訪れる者のうち、何割かはその”祖父母”に恵まれていなかった。
彼らは自分の殺される理由が祖父母の保身のためであり、あるいは単なるエゴイズムのためだということを、理解すらできなかった。
「ここで長いこと同じことを続けておりますとだんだん解ってくることがありますの。理性的に言うなら、わたくしのお父さまもそうですけどやはり父親は子どもなど作るべきではありませんわね。
わたくしね、いつもやっていることですけど死んだ方のお父さまには一度ご遺体を抱いて頂くことにしてますの。これがあなたのお子様ですよという風にね。手足だけしかなくても半分両性類みたいな姿でも構いませんわ。大体のお父さまは、目を背けられて『こんな汚ならしいもの二度と作らない』とお思いになるようですわね」
彼女の病院を訪れる者のうち、何割かはその”父親”に恵まれていなかった。
彼らの貴い命を奪うのは、えてしてその父親の無責任であり、優柔不断であり、いいかげんさであり、時として優しさという名の自己満足であった。
「それで大体のお母さまが術式のあとでお泣きになりますわ。何度も何度もお子様に詫びられて。『本当は愛してあげたかった』とみなさんおっしゃいますの。『こうするしかなかった』とね。
そのたびに、わたくしも心から賛同いたしますわ。そうすると、どのお母さまも安心して好きなだけ泣き明かすことができますの」
「わたくしねえ、商売のためにいつもその先はこの桜に聞いてもらっておりましたわ。
あの方たちはわたくしが子どもを殺したから、”子どもが死んだから””安心して愛することができる”んですのね。
もしあの子たちがきちんと生まれてきていたら、あの子たちはきっと殺された時の半分も愛されずに、あの愚かで、最悪で、生きている価値もない屑にずうっと生かされなくてはならないんでしょうね。
だからわたくしも『こうするしかなかった』と、心から思いますの。生まれる前に殺すしかありませんわ。この病院は、そうやって全ての不幸を最小限にするためにあるんですから」
何がこの老婦人を修羅に変えたのか知るものはいない。
彼女は誰よりも子どもを愛していた。だから自分はとうとう子を作らず、代わりに五百人の望まれなかった子どもに屈辱より早い死を与えた。
彼女の病院を訪れる者の全てがその”母親”に恵まれていなかった。
彼らを殺したのは、結局、何よりみにくいみにくい母親の弱さだった。
「それで、この桜の樹を切った後はどのような建物が建つんですの?」
私が、ただ一言「産婦人科ですよ」と答えると老婦人は乾いた目をぱちくりさせた。
「……可哀そうねえ。生まれてきてしまうなんて。それに、ここのみんなもかわいそう。とうとうこの子たちは、母親にすら見捨てられて代わりの人もみつけられなかった」
彼女だけが水子たちの母親だった。彼女は日課のようにお線香をあげると、そっと桜の樹を抱きしめて泣き声を聞いてやっているように見えた。
「……そうねえ。つらかったねえ。生まれてきて愛されたかったねえ。よしよし……かわいい坊やたち……。
でも、あんな奴ら二度ときやしませんよ。
それよりおばあちゃまといっしょに愛してくださる方のところへ行きましょう。おばあちゃまが頼んであげるわ。おまえたちは何にも悪くないんだもの……」
翌日、その桜の樹の下で老婦人は首を吊って死んでいた。
まだ五十歳だというのにまるで八十を越しているかのように老けていた。その後桜の樹のたたりは嘘のように消え、切られた桜の樹の跡地には彼女の遺言で一個の墓標が建てられたという。
「ここに眠っていた二十人の俗物どもと
五百人の哀れな子どもたち
みんなわたくしが殺してしまいました。
わたくしは何もかもあの世に持って逝きます。
俗物どものみにくいねたみも 殺意も
子どもたちのけがれない涙も
みんなあの世に持って逝きます。
わたくしは 地獄に堕ちることを恐れはしません。
生まれた時から とっくに
地獄に堕ちることなど存じておりました。
あなたがたは この墓標に手を合わせることはしても
自らの子どもをいたぶることを
決しておやめにはならない」
今、この墓標は新しい産婦人科のかたすみで、あたらしく生まれてくる母親たちを見つめながらひっそりと時を経ているという……。
「桜樹怪談」