”カタリーナ・ハインリッヒ様”
” お久しぶりです。手紙をありがとう。あなたからの手紙をもらって僕は心臓が口から飛び出すほどの衝撃を受けました。あなたの告白がどれだけ今、闇に閉ざされた僕の魂を勇気づけたか。感謝にたえません。
だけど、今、こういう状況にあるからこそ、僕たちはペン・フレンドとしての友情以上のものを望むべきではないと僕は考える。
大変重大な告白をします。もしこれから僕がする告白で君が僕のことを軽蔑したなら、どうかこの手紙を焼き、二度と僕に返信をしないでください。
僕は十歳以上の少女を愛することができない。あの時から計算して、今の君は十六歳になっているはずだ。思春期を迎えた君の肉体を、そして精神を、僕はもう愛することができないのです。
君が資格を失った今だからこそ言える。あの頃の僕は、君を想うたびに身を焼くような恋に悶えていたのだ。”
十六歳の少女がハイスクールの美術室で一人カンバス相手に青鉛筆を振るう様は、美術室の前を通りかかる同年代の生徒や教師たちの足を知らず止めさせてしまう態のものだった。ティーン特有の高潔な精神から発せられる憎しみと真っ直ぐな恋情が絡み合い、目の前のカンバスにぶつけられている。感情の高揚のあまり少女は描きながらグレーの虹彩をたたえた目頭を潤ませる。
カタリーナ・ハインリッヒが六年越しで想い続けてきた相手を見つけたのは、新聞の片隅に小さいながらも場所を確保した三行広告からであった。長年名前を探し続けてきた男が地方のミュージアムで個展を開いたのだ。個展のタイトルは『F.Henry個展』。
せいたかのっぽの身体に絵の具箱いっぱいのパステルと水彩を操り、美しい少女を描くことに人生の全てを賭けている男だった。ともすると蒸発してしまいそうな砂糖味の霞を色彩にのせてカンバスに固着させ、細く傷のない髪を描く際には一本一本の力加減に精気をはらう。カタリーナが個展で見た絵はどれも幼い少女への愛と崇拝をみなぎらせていた。
カタリーナは個展の会場で男との再会を待ち侘びた。しかし男は最後まで個展会場に姿を見せず、彼女は粗末なパンフレットに書かれていた連絡先へと手紙を書いた。
あの時の彼との出会いが彼女にとって初恋だったことを、カタリーナは文中で”告白した”。できうることならもう一度会いたいと伝えた。
”(前略)
カタリーナ。少女はなぜ大人になるとあの聖性を抱き続けていることができないのだろう。僕は美しかった君の成長を心から惜しむ。だが友達として、おめでとうと言わせてほしい。
ここでの愛するということは、恋愛感情を抱く、ということです。僕がどうして十歳以下の少女でなければ愛することができないのか、僕自身にもはっきりとした原因はわからない。そもそも原因があってこうなったのかということも。
それと、言いにくいことだけど……人間は、痛みを避けるためにかえって相手を愛することがある。己の痛かった思い出、苦しかった思い出を消すために、いやなことをした相手をそれまでより一層、狂ったように愛することがあるのです。否、愛に狂うのです。そうやっていやなことがあったのを強引に「憶えているけど憶えていない場所」に締め出してしまうのです。君が僕を愛していると言ってくれるのも、もしかしてそれなのではないでしょうか?
本当は僕と会っている時にいやなことがあったのに、それを忘れようとはしていないですか? もし今、君がそうしようとしているのなら、今の君はとてもさびしい場所にいるということになる。もしそうなら僕はペン・フレンドとしてしか君を助けられないけれども、どうか信じられる人たちや、神の助けを得てください。
傷はどんなに隠しても消えないよ。だけど正しく助けを求めれば、いくぶんかは癒してくれる相手がいるかもしれない。その上で僕を罰したければ罰してほしいのです。もし僕がきみにあのとき不快感を与えたのであれば、僕は今からでもそれを償いたいのです。
カタリーナ。間違っているところがあったら訂正してほしい。僕は小さなきみを膝に乗せて絵を描いたね。裸身の君が水遊びをする絵だ。あの時河の中にいた魚が僕だ。あの頃、僕は君と共謀してよく二人一緒の絵をカンバスに描いたけど、最後のあの絵には僕がいなかっただろう。僕はあれには自分自身を描けませんでした。僕の皮膚の下にはけがらわしい欲望が満ち満ちていて、すこしでも身体をつつけばはちきれそうだった。
最後のあの絵を描くとき、君は僕を怖がって逃げようとしたね。僕の後ろからの抱擁がいやだったのかな。忘れている? いま、大人の男の感覚としては僕はどちらか判別できない。でも子ども時代の感覚に戻っていえば君はあの拒否を絶対に憶えているはずだ。
僕はあのとき、少女のきみを、父親や保護者の抱くような聖なる愛で包みながら──同時に異性として見たんだ。あの頃の君にはよくわからなかったかもしれないけれど、君はそれに気づいたんだよ。
もう二度と手紙を出せないかもしれないから、まわりくどい話もさせてください。僕は売春宿の女将の子として、父親のいない家に生まれました。ものごころついた時から”あいつら”に(あいつらというのは娼婦たちのこと)いやなことをたくさんされました。学校でも周りになじめず、ただ絵が人よりうまく描けるということだけが取り柄でした。
思春期に入る一歩前くらいから、子どもの絵を描くようになりました。女の子の絵が多かった。胸がふくらみはじめる前の女の子は本当に綺麗だった。金菓糖のまわりの空気みたいな甘い匂いというか、色というか、どの女の子も夢のような透明な雰囲気を持っているでしょう。僕は少女の持つ清澄な雰囲気にあこがれ、描きながらその少女の持つファンタジーに酔っていました。その一方で初潮を過ぎた年齢の子はもうどれも恐ろしく、けがらわしく、いやらしく、おぞましく見えた。あいつらに酷いやり方でいじめられたことを思い出してしまうのです。三つ子の魂百までというやつです。せめて同性相手に性欲が流れてゆければ僕はまだ市民権を得られたかもしれないが、結局僕の魂は成人女性にも同性にも傾いてはくれなかった。
思春期の入り口あたりから、僕の少女を見る目に疑惑のようなものがこみあげるようになりました。下半身から立ちのぼってくるもやもやです。僕は、神や悪魔というものを信じていて、それは抗いがたい悪魔のしわざだと思っていた。
十四歳のとき、近所の大きな橋から飛び降りて自殺しようとしました。男にもいろいろ生理現象というものがあり、僕はある時子ども相手にそれをやらかしてしまった。夢の中で七歳ぐらいの少女にいやらしいことをしてしまったのです。夢なので僕には避けられなかったのですが、その夢から覚めたとき僕の下着には欲望の痕跡があり、死ぬしかないと思いました。河に落ちた後救助され、母親に殴られ(それは愛のある殴り方ではなく)、みるみる絶望の崖を転げ落ちた。誰も僕を助けてくれなかった。誰にも僕の状態を言えなかった。僕は社会のスティグマ《痣》として生きることを宿命づけられたのだなと思いました。人間は平等だなんて嘘です。僕は神を信じていますが、同時に人間が平等だと信じることができないし、平等に扱われたことがありません。
僕と同じような性癖を持つ人たちの中には、十歳以下の子どもでも互いに愛し合っていれば何をしてもよいと力弁する人がいる──僕は、多分それも正しくないと思う。なぜなら僕も小さい頃あいつらに同じ台詞で何度か脅されたから。「愛していれば」という脅し文句にほとんどの子どもが抗えないことを僕は知っている。愛していれば何をしてもよいというのであれば、この世は子どもにとって大人に搾取されるだけの地獄になるでしょう。愛していてもしてはいけないことがあるのです。にもかかわらず、僕は十歳以下の子どもしか愛せない。
僕のような人間に、死ぬまで救いはありません。暗い影の中を息を潜めて生きるだけです。それとも、救いはあるのだろうか?
たまに、僕と同じ苦しみに喘ぐ人が悪魔に負けて暴発し子どもを傷つける事件が起きます。僕は人でなしです。幸いにもぎりぎりのところで欲望をコントロールできてはいるが、僕と同じ性癖に生まれついた人が人間として扱われているところを見たことがない。
カタリーナ。君は多分ティーンエイジャーでもう性のこともわかる年頃だろう。ああ、でも君はクリスチャンか何かになっているかもしれないな。赤ちゃんはコウノトリが運んでくるとか、キャベツ畑から生まれると思っているかもしれないな。僕の長々と言っていることが全くわからなかったら済まない。
カタリーナ……僕は今とても混乱している。僕は女になった君がこわい。男性との交際経験の有無とか、そういうことではなく、十六歳になった君はもう立派な女だ。僕を今でも苦しめるあいつらと同じものになってしまった。子どもよりうんと強い君の生命力が、君の腕力が、君の威力が、罵言を言える君の口が、さげすみの視線を出しかねない君の眼が怖い。そのどれもが僕を傷つけ破壊しかねない。
絶望しています。”
青鉛筆の下地に、細筆でセピアのラインをつける。柔らかいが繊細ではなく、強い情念をたわめた線だった。十六歳のカタリーナは妙齢に達した自分に見向きもしない男のことを憎み、一方でカードの裏表のように変わり果ててしまった自らの肉体を憎んだ。
この日のために生き、男の幻を追いかけて絵の道へと進んできた。カタリーナは燃えるような情念に生きる女だった。幼い頃この男と交わしたあやまちが、その後の彼女の人生を決定づけることになる。
カタリーナは十歳で男に抱きしめられたときのことを憶えていた。意識の奥底で本能が告げる暴力のにおいに、不安になり、自分が手を突っ張ってそれを拒絶したことも。それもこれも己のからだが未熟だったからだった。男はカタリーナが拒絶すると彼女を放し、自己嫌悪に陥った様子で彼女に家に帰るようすすめた。そして翌日にはそれは何でもないこととして忘れ去られていた。
自分が未熟だったが故に、あの時愛は完成しなかったのだとカタリーナは考え続けていた。男の愛に応えられない自分のからだの幼さがいつも憎らしかった。六年間想い続けて、ようやくこうして男の愛に応えられる歳になったと思ったのに。
それなのに。
カタリーナは間違っていた。男が望んでいたのはあの時の自分であり、愛はあの時点で止まっていたのだった。十歳以下の少女しか愛せないだなんて。そして今の自分が、嫌忌されるだなんて。
知性、倫理、常識。恋情に狂うカタリーナは全てを無視する。彼は思い出の中に私を追いやろうとしている──それだけが彼女の人生に関わる問題だった。
”(前略)
七年前、君は庭のある家に住んでいて僕の絵のモデルになってくれたね。僕はあの頃庭師手伝いとして生計を立てていた。たくさんの女の子を描いたけれど、君ほど積極的な女の子はなかなかいなかったからよく憶えている。グレーの勝気な瞳を自分でチャーム・ポイントだと自覚していたね。君のちいさな、ほっそりした、骨の入った、でもやわらかな手足。食べてしまいたいくらいだった。
君が無邪気にスケッチブックをとって君と僕の一緒にいる絵を描いてくれた時、僕は人生が終わってもいいから君を誘拐したいと真剣に考えた。僕が”人間として認められるためには僕とのセックスに応じてくれる十歳以下の少女が必要だった”。選択の余地がない。僕には他に選択の余地がなかったんだ。君をそういう目に遭わせずに切り抜けられたのは単なる偶然の恩恵にすぎない。
君にせがまれて初めてカンバスに君と僕、二人の下書きを描いたとき、僕の胸がどれだけ高鳴っていたか君は知らないだろう。僕はかわいらしい君の姿を描き、それから非常に遠まわしな場所に醜い妖精のようにして僕を描いた。君は「こんなのお兄さんの姿じゃない」といって直ちに描き直しをするよう僕に命じたね。僕はあの時まで人間らしい姿をした自画像を描いたことがなかったのです。
カタリーナ……君は長いこと僕の気高い恋人だった。カンバスの中が僕と君のエデンだった。それまで僕が畏れ多くて入れなかった聖域に、君は僕を入れてくれたんだ。カンバスの中で小さく醜い化け物だった僕は人間になった。君は、人間になった僕を見て笑ってくれたね。「これでいいのよ」って。
人間にはね、それまでの全ての過去を振り返って「今までの人生は何だったのか」と泣きたくなるときがある。僕の場合、そのときがそうだった。
君だけは絶対に傷つけまいと思う気持ちと、君に自分の全てを、醜いところも含めて全部を知ってもらいたい、君を壊したい強烈な気持ちと……両方に悩まされた。とにかく君に寄り添うことを考えました。身体を突き上げる熱を全て絵筆にこめ、カンバスの中の君と君の見る世界を輝かせることに傾けた。
二人で何百ヤードもある庭を隅々まで探索したね。それが終わると僕たちは世界中を飛び回って、たくさんの動物と触れ合ったね。二人でよく青い鉛筆を持って、カンバスの中に遊んだね。絵の中で徐々に僕たちは距離を縮めていって、最後には毎日じゃれあっていた。カンバスの中で笑う君と抱き合うと、僕は至福に包まれた。
やがて君の身体と心は美しいまま僕の手の届かない場所へと引っ越していった。君は別れ際に僕を求めて泣いてくれた。切なかった。二人きりのとき僕も泣いた。少し恥ずかしいと思いながらね。
カタリーナ。あの日の約束どおり、僕は君を忘れていない。だけど僕は嘘をついた。僕はもう二度と君に会うつもりはない。あの時は君も小さかったから、きっといつかあのかわいらしい約束も忘れてくれるだろうと思っていたんだ。
君を今も心から愛している。
でも、たとえ君が僕を人間と認めてくれても、僕は人でなしです。僕は今でも十歳以下の少女にけがらわしい欲望を抱いてしまうし、初潮を超えた女性は愛せません。変えられなかった。どんなに世間から責められても、生まれつき持ち合わせてきた性を全否定されること、また自分で全否定することほど辛いことはないのです。
僕はどうすれば自分の望むセックスを手に入れることができるのだろう。
ああ、やっと君とこういう話ができるようになったんだね。聞いてくれ。お願いだから聞いてくれ。僕は君に目を背けられることがこわいけど、それでも君が僕の話を聞いてくれることを、願わずにはいられなかったんだ。カタリーナ。お願いだ。
小児愛者っていうんだ。誰もが僕の姿を見ては僕から目を背ける。
僕を、いないことにしてしまいたいよね。僕はいなくなった方がいいよね。失うものが何もないと感じたとき僕は少女を襲うことを考える。
お願いだ。何度も自殺しようとしたけど死ねなかった。何のために僕が生まれてきたのか教えてくれ。何のために僕が今生きて、ここにいるのか。教えてくれ。
君の大いなる光に触れるまで、僕には助けを呼ぶ勇気すら出せなかった。誰が真の絶望を覆そうなどと思うだろう。助けを呼ぶことさえ考えられない、闇より重い吐き気がしそうな日常があるばかりだ。
これが、醜い僕です。君の思い出を破壊し、まだ大人になりきれていない君にしがみつくような言動を残してしまったことを詫びます。聞いてくれてありがとう。僕は、今の君の中にあの時の女神のような優しさが残っていることを期待しました。
僕は君に出会えて幸福でした。少なくとも、愛する少女に出会えなかった人々よりは。──ありがとう。さようなら。”
” 愛をこめて。 フランシス・ヘンリー”
手紙は清書されており、書いている途中でどのように男が苦悶を感じたのか、カタリーナには悟らせないようにできていた。カタリーナは手紙を読みながら、自分が女としておかしいのかと迷うこともあった。自分が愛そうとしている男は変態なのだろうか。自分があの男としたカンバスの旅は、変態的なことだったのか。今から自分がやろうとしていることは全ての女たちから後ろ指を指されるようなことなのか。
でも、違う。カタリーナは年頃の少女として同年代の色恋とゴシップの海を泳いできている。彼女は思う。本当に許せないのは女をモノ扱いして何とも思わない、例えばあの子が酷い目にあったっていうあの先輩みたいな、あるいはセクハラして悪びれないあの数学教師みたいなクズ野郎のことだわ──たとえ男性とセックスと暴力がもともと三位一体で切り離せないものであったとしても、彼は暴力を私に見せないよう努力して、多分やり抜いてくれた。
第一、彼とはもうあんなに濃密な時間を過ごしてしまった。あの歳の差を越えた深い観念の交歓をあやまちと呼ばなくて何なの。あんなこと、他のどの男でもできやしないわ。他の人じゃ駄目。彼との愛を完成させたい。
手紙を抱き、自分にあてがわれたベッドに寝そべる。自分では決して生み出せない手紙の筆跡が、質素な数枚の紙を男の分身のように感じさせている。口づける。紙のにおい。万年筆のインクのにおい。この紙の側にあの人の身体があった。胸をつんと締めつける圧倒的な欠乏感。あの人の身体に触れたい。あの大きなしっかりした懐に抱かれたい。想いは六年間眠らせていなかったつもりだったが、彼の新しい分身に触れ、眠れぬほどの熱情に翻弄されている今となってはかわいらしい努力だった。
手紙から感じるのは友愛だった。書き手の男によって整頓された事象、選別された言葉がおそらく手紙の向こうの世界からカタリーナを守る壁になっている。男は生々しい腐食に侵されながら今も世界のどこかで影を潜め、緩慢に溜まる悲鳴を飲み込みながら眠っている。自分の今の肉体ではあの人の希望にそぐえない。
どうにかして、側に行きたかった。男の中にあるいびつな空洞を埋めてあげたい。一度でいいからあの男の心をてっぺんまで満たしてあげたかった。そのためにあの男が望む形に身を変化させることを、自分はいとわない。そのためにはどうすれば。
これらの思考のあとにカタリーナはハイスクールの美術室に立ち、カンバスに向かう。カタリーナは情熱のたけをこめた絵を完成させると、カード一枚だけの手紙を添えてカンバスを郵便局に運び男のもとへ郵送した。
数日後、男は地方の小さなアパルトマンの部屋で彼女からの包みを受け取り、抑えきれぬ胸の惑いと共にカンバスの封を破ることになる。
カンバスには青地の森を背に、十歳の裸身の少女と裸身の男が微笑みながら並んで立っている絵が描かれていた。
”フランシス・ヘンリー様”
” わたしでよければ、抱いて。わたしはあなたを迎えられる日が来るのを待っていました。十六歳になれば結婚もできる年齢だし、許されると思ったの。
今はカンバスの中で側にいさせて下さい。でも、諦めないでいてもいいですか。いつかあなたに会える日を。”
” 愛をこめて。 カタリーナ”
小さなアパルトマンの部屋に、カンバスを抱いた男の、身を砕くような嗚咽が響く。男は愛する少女の描いた、絵の中の少女と自分の体格差に傷ついた。心から望んだことだったのに絵を見た途端嗚咽が止まらなくなった。一晩中彼の魂は青い森で十歳のカタリーナを抱き、行為をやめられない己自身を罵り続けた。
数日後、カタリーナのもとに男から返信のカンバスが届いた。そこにはカタリーナの予想していたような性交の絵はなく、代わりに裸身の十二・三歳ぐらいの少女に裸身の男が接吻する絵が描かれていた。
”カタリーナ・ハインリッヒ様”
” ありがとう。君の魂は僕を救ってくれた。
でもここまでしか絵にはできませんでした。これ以上先を一人で描いたら、よくない。そういう絵は二人一緒にカンバスに向かってでないと描けないでしょう。
今の君を愛せるよう、僕も頑張ってみました。今はその大きさが頑張れる最高のところです。ペン・フレンドとしてもう少し君が付き合ってくれるなら、僕は君の姿をもっと大きくしてゆけるよう、努力を続けてゆきたいと思っています。
君のくれる光は眩い。永遠の十歳の少女と、実在としての女の君と……いつか同じように愛せる日が来ることを、僕がそのようになれる日が来ることを願っている。”
” 愛をこめて。 フランシス”
寛大な気持ちがカタリーナを包んだ。相手のほうが遥かに年上であるはずなのに、若い胸の間に相手の顔をうずめさせ、抱きとめてやりたくなるような。おそらく男はそのような女臭さをまだ望まない。こちらがまめに状況を分析して、リードしていかなくちゃ。
カタリーナは男から郵送された絵にういういしく口づけすると、カンバスをベッドに立てかけてスケッチブックに新しい絵の構想を考え始めた。自分の姿を男の描いた年齢より少しだけ幼く戻し、しかし十歳には戻さず、青い森で男に口づけを返す。男が絵を描くときに無理をしていると思ったのは女の直感のようなものだ。今は急かすよりも男との関係を切らずに進んでいくことが大事だった。
せめて側にいても不快にならないところまで慣れてくれれば。
そのときには、少し怖いけれどためらわない。私が彼を新しい世界へと開け放ってあげる。
カンバスにもたれながら、まだ硬い張りを残す乳房にふれてみる。カタリーナは眼を閉じて青い森に立ち、裸の男に抱かれる十歳の身体の自分を思い浮かべた。不意に男の生の声が聞きたくなった。今度の手紙では電話番号を聞こうと思うと、彼女の欲望に合わせて青い森がざわざわとざわめき、深く広がってゆくのがわかった。
「青い森に二人」