The Agents Vol.3-1 / ジャンク屋にて

 大通りに軒並み並ぶ電気店のビルは今日も極彩色に輝く。その上から太陽の光が密度も濃いままに降りそそぎ、ビルから出てくる人間の群れを汗だくにさせる。表通り、裏通り、網の目の隅々に至るまでこの町ほど生命力を持った電気が通っているところはない。まさに電気文明の聖域。
 ある日照りの日の正午頃、俺は秋葉原に来ていた。今日は忙しい俺にも珍しく仕事がない。しかし、かといって電化製品を買いに来たのかといえば、そうでもない。俺はラフな格好にアロハシャツを羽織って気楽なものだった。
「おぅ、村上ちゃん久しぶりぃ!」
「今日は何を売ってくれるんだい?」
 俺はここでは「村上」という名前で通っている。偽名だ。何せ闇商売を転々とした身なので名前がいくつあっても足りない。逃がし屋として高額で雇われるようになるまでは色々なものの密売に手を掛けたものだ……。
「またいい商品入ったら声かけてくれよなぁ!」
 そういうわけでジャンクアーケードの連中とは顔なじみになる。ジャンクアーケードは程良く色褪せた別世界だ。とにかく小さな店が数十件単位で圧縮されている。店の品は細かいものがスペースの極限まで陳列され、住人も大手の電気店街にはいない海千山千がゴマンといる。俺は年に一度、この通りをくぐり最果ての潰れかけたジャンク屋を目指すのだ。
 その店は秋葉原の電気の蜘蛛の糸がぷつんと切れたところのちょっと先に、ひっそりと建っている。バネやらボルトやらナットやらコードやら、大した品は売っていない。いつ来てもどんぶり勘定の店だ。安いガラス製の風鈴がつけっぱなしになっている。
 大抵の客はここの店主を見ると驚く。
「あ、兄ちゃん久しぶり! 銃の調子どう?」
「なかなかいいぜ。整備頼むわ」
 色黒の元気な少年が白い歯をこぼす。ここの店主だ。端からの評判では、モデルガンの修理が上手いという。モデルガンだろうが本物だろうがこの少年には同じなのだろう。俺は少年に年代物のトカレフを渡して店先に座った。今日は懐かしい話でもするつもりだった。

 俺が逃がし屋として買われたのには訳がある。逃がし屋になる直前に、俺は銃の密売人として東京にいた。今俺を雇っている組織はその時の最後の取引先だった。
「本当に貴方のような若い方が村上さんなんですか?」
「お前に言われたくないよ。腕は確かだぜ」
 最初の会合に現れたのは若い黒スーツの男だった。整った顔立ちに、他人行儀な丁寧さ。華奢な体つき。初対面で既に気に入らない男だった。とくに俺より小柄で年下のくせに上品そうに振る舞うところがいちいち神経に触った。
「それより、金の方は持ってきたんだろうな?」
「ここに前金が五百万あります。残り半分は成功した後に」
 ジュラルミンのケースをやりとりするだけで終われば俺もそいつのことをすっきり忘れられるはずだったのだが、以後そいつとは長い縁を持つことになる。後にわかったそいつの名前は、「上村」。

 その後数十丁の銃を入手するために、俺は「成田」という本名の入ったパスポートを使ってフィリピンに渡った。ここにはアメリカ経由で上物から不良品まで様々な銃が安く手に入る。日系二世・三世も多く、言葉と人種の壁も低い。さらにここには俺だけの決定打があった。
「しかしあんたもえげつないことするねえ、ナリタ」
「商売はとことん儲けるのが鉄則だからな」
 俺はマニラのジャンク街で腕利きの銃工を見つけたのだ。密輸業も儲けるために足を惜しまなければ、貧民街で思わぬ収穫を得ることがある。その銃工は「シオザキ」という日系人の爺さんで、日本語はもちろん英語も達者だった。俺はマニラの密売人から粗悪で激安な拳銃を入手してはこの爺さんのところでこれまた格安な料金を支払い、並程度にしたところで日本に持ち帰って高額で売っていた。俺は若手ながらこの方式で随分儲けた。
「兄ちゃん、今度は何日ぐらいいるの?」
「二週間ぐらい世話になる。よろしくな」
 銃を改造する間に、俺はよくシオザキの爺さんや助手の少年と世間話をして暇を潰した。少年の名前はティモン。色黒の、歯揃いの良い元気な少年だった。

 フィリピンは一年通して月の平均気温が摂氏二十五度を下回らない。俺は冬場でもここに来るとアロハシャツを着てばかりだ。爺さんやティモンとはしょっちゅうくだらない話ばかりしている。
「Ako ay si Timon. なーんだ?」
「”私はティモンです”。楽勝だろ」
「じゃ Ako ay baklaは?」
「……? 何じゃそりゃ。アコ、アイで”私は”なんだろ。シが入ってないから人の名前じゃないと。……bakla。バクラね。アコ、アイ、バクラ。わからんな……
 ……おい、何で笑ってんだよ。爺さんまで」
「ぎゃははは! ナリタ、あんたティモンにハメられたんじゃて。お前さん”私はホモです”って連呼しとるんじゃぞ!」
 ティモンは俺が地元の言語をよく知らないのをいいことに俺をからかってばかりだ。銃の改造を頼むような輩などこの少年にとっては遊び友達でしかない。
「シ ナリタ アイ バクラ!(ナリタはホモだ!)」
「ティモン! 〜この野郎っ!!」
 こうして狭い店内を追っかけっこするのがもはや日常的になりつつある。しかしこの手の追っかけっこはティモンの方が一枚上手で、なかなかゲンコツを食らわすというわけにもいかない。やたら暑いので俺もすぐばててしまう。
「ナリタの兄ちゃんはガタイがでかすぎるんだよ!」
 ティモンが腹を抱えて笑う。全く腹が立つ。
 そんな時、俺はジャンク屋の店先に立った男に気がついた。正確には、その男の磨き上げられた革靴に目が行った。
「おっと、いらっしゃい……」
 視線を上げると、妙なことになった。
 なぜか取引先の男が黒いスーツを着て立っていた。整った顔立ちに、華奢な体つき。ここには場違いなほどに。異国の地でどうでもいい奴と再会するとは。
「……僕は貴方とは縁がない方がよかったんですがね?」
「俺もな」
 先に言われた。

 それから俺はせっかくの海外生活を仏頂面で過ごす羽目になった。この暑いフィリピンの地で何で狭いジャンク屋の店先に延々座って通りなど眺めていなければならないのだろう。こんなに暑苦しくて不機嫌な店番に寄ってくる奴もおるまいに。
「フィリピンにわざわざ店番のバイトしに来たんですか。”ナリタ”さん?」
「黙秘させてもらう」
 上村は俺がフィリピンで何をしているか事後調査に来たらしい。東京では俺が今まで売りさばいてきた”純正品”の銃が改造銃だという噂が流れ、上村の組織はその調査を依頼されたのだそうだ。まあ、今までバレなかったんだからシオザキの爺さんの腕の証明くらいにはなるだろう。偽札でも作らせればもっと儲かったかもしれない。
「それで? 納得いく結果は得られましたか”上村さん”」
「大いに。五百万は高い代償でしたがね」
 上村はジャケットを脱いですっかり店先に居座ってしまった。俺がしきりにお帰りを勧めると、まだ用事があるという。テーブルの上には整備を依頼された上村の銃があった。爺さんは感心の声を洩らし、ティモンはその銃の知名度にはしゃぎ回って俺の袖を引く。
「すっげえ! 兄ちゃんも見てみろよ、あのワルサーP38だぜ!」
 持ち主の性格そのままの細身の名銃が光った。とりあえず銃の趣味が合わないことも確認し、俺は再び店番に戻る。
「人前で銃を見せるとはまた大した自信だな」
「どうも」
 粘り着くような時間の中で、俺は暇を持て余す。爺さんとティモンは奥で仕事中。ラジオは言葉が不明。どうしてこういう時に日本語で世間話のできる相手がいないのか。読書に耽るには暑すぎる。
 にも関わらず、上村の方は辛抱強く読書しているのだ。題名は『風と共に去りぬ』。
「俺と死んでも話したくないらしいな」
「話す義理がないでしょう。僕はこれで平気ですが……」
「悪かったな。お前のせいで俺は転職の危機に立たされてんだよ。お前が帰国したら俺の信用は崩壊しちまうんだからな」
「なんならうちの組織で雇って差し上げましょうか? トイレ掃除くらいでしたらいつでもやらせてあげますよ」
「何がトイレ掃除だ。お前みたいなパシリよりずっと役に立つぜ」
「僕がパシリに見えるようじゃ底が見えてますね」
 妙な話だが、俺はこれほど清々しく腹の立つ人間に会ったことがなかった。ティモンのおふざけなら一歩引く余裕もあるがこいつの場合はそれが全くない。見事だ。
「じゃこんなのはどうだ。俺と取引しないか。今からそこの通りでパーッと殴り合いでも始めて、俺が勝ったらお前は俺が改造銃を売ってたことを黙ってる。そんでお前が勝ったら、俺はお前に前金の五百万耳揃えて返す」
「丁重にお断りさせて頂きます」
 上村は暑さで苛立っている俺に呆れながら本を閉じた。
「貴方は単に殴り合いがしたいんでしょ?」
 向こうも俺しか日本語を喋る人間がいなくてうんざりしているらしい。溜め息をついて手をひらつかせている。延々ストレス地獄だ。何か解消策はないものか……
「叩きのめすなら格好の材料が今来ますから」

「普通に振る舞っててくださいね。僕も少し運動したいので」
 上村は椅子に本を置くとのろのろと奥の作業場へ消えた。俺は顔色を意図的に普通のまま留め、闇商売の第六感ともいうべき感覚で辺りの殺気を探した。
 ……殺気が二・三個貧民街の中を歩いてくる。
 上村は俺が喧嘩を売っている間にこれに気づいていたのだ。俺でもすぐ分かるのではおそらく素人だろう。うさ晴らしにはちょうどいい。
 すぐに店先に座る俺の前に三人ほどのゴロツキが立ちはだかった。入り口は彼らによってすっかり塞がれ、俺は改造銃を向けられた。
「Raise your hand!」
 「手を挙げろ」なんてしょっちゅう言われているせいか、俺は肩をすくめてしまった。三人とも強がっているが弱そうだ。俺はそのまま三人が店の中に入っていくのを見届けた。できることなら発砲騒ぎは避けたい。俺は音を消して立ち上がり、店の奥を眺める。三人組はどうやらシオザキの爺さんと口論しているようだった。爺さんとティモンは相手を喰ってかかり、やはり銃を構えている。
 ……慣れているのだろうか……?
「上村、やるんだったらさっさとやれよ!」
 すかさず三人が同時にこちらに注目した。
 後ろからスパナを持つ腕が伸びて奥の奴の首を殴打した。
「余計な口出ししないでください!」
 殴られた男が崩れ落ちるのを待たず、俺と上村が同時に残り二人に襲いかかる。上村は軽々とスパナを振るい、俺は陳列棚のネジ箱をそのまま相手に投げつける。相手が一瞬ひるんでくれれば足りた。
 俺はゴロツキの首をひっつかみ、懐に潜りこんでそのまま強引に投げ飛ばした。ゴロツキは陳列棚の端に腰から叩きつけられ、置いてあったネジ類が一気に弾け散った。仕上げにネジ箱を拾って頭に思いきり振り下ろす。衝撃音のおまけに安物のケースにヒビが入った音がした。ゴロツキは血も流さず綺麗に失神してくれた。
 後は簡単だ。ロープで後ろ手に縛り上げればいい。上村の方を見ると、奴もまたスパナで相手を戦闘不能にしたことがわかった。息も乱れていない。
「ネジの片付けは貴方一人でやってくださいね」
「細かいこと言う奴だな〜」
 俺はぶつぶつ呟きながら店中のネジ拾いを始めた。ティモンはロープを持ってきた後、それを手伝ってくれた。上村は通りにゴロツキをおっぽり出し、また読書を始めた。
「二人ともかっこよかったぜ! 俺ちょっと感動したもん。なあ、ナリタとウエムラってコンビ組んでるのか?」
「まさか」
 俺は同時に上村が同じ台詞を吐いたのを聞いて、ちょっとの間手を止めた。
「……そこだけは意見が一致したようですがね」
 上村は視線も動かさずにページをめくっている……。


「The Agents Vol.3 / ジャンク屋にて」


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