The Agents Vol.3-2 / ジャンク屋にて

 その夜、俺は嫌々ながら上村と一緒に爺さんの家に泊まることになった。お互い整備中の銃から離れるわけにはいかなかったからだ。テーブルに暖かい飯と野菜料理が並んだ夕食の場でも上村はつんとしていて俺を見下しているかのようだった。
「寝る所くらい別にして頂けるとありがたいんですが」
「爺さん、こいつに寝袋でも貸してやれよ」
「悪いのう、ここにいる限りはあの部屋で全員雑魚寝じゃ」
 爺さんが箸で指した先には畳の六畳間があった。この家には店のスペースと作業場、そしてこの台所と和室が一つしかないのだという。和室に布団、というのは日系の爺さんならではのこだわりでフィリピンでは珍しい。俺たちには却ってありがたくも何ともないが。
 俺はあからさまに溜め息をついた後、夕食をたいらげながら昼間の連中について聞いた。この辺の治安の悪さは心得ているが、ゴロツキと向き合った時の爺さんとティモンの反応には明らかに「慣れ」があった。この質問はティモンの首をかしげさせ、爺さんの機嫌に障った。爺さんは箸を休めてぶつぶつと喋りだした。
「ありゃあ、この辺を締めとるギャングの下っ端じゃよ。あいつらはこの国でナリタみたいな銃を大量に売る気じゃ。この辺の店はどこもああやって脅されとる」
 俺みたいな、というのはおそらく改造銃のことだろう。改造銃の販売がいかに儲かるかはよく知っている。特に日本に進出すればこの国では数年で大富豪になれるに違いない。銃工さえ手なづければ、だが。
「NPA(フィリピンのゲリラ軍)に格安で売れば軍事バランスも少し変わってまた物騒になるんでしょうねえ」
「それだけじゃないわい。安くて良い銃というのはいわば甘いミツじゃ。全くどいつもこいつも……」
 爺さんは街に大量の銃が出回ることを良く思っていないらしい。銃工の台詞とはとても思えない話だった。上村はもっともらしく相槌を打ち、ティモンは不思議そうな顔で俺と視線をつらつら合わせる。
「何でロロ(爺ちゃん)は銃の整備嫌がるんだ? うちの稼ぎどころじゃんか?」
「何じゃい。お前も嫌なんじゃないのか?」
 ティモンは迷いのない心の内を顔にそのままさらけ出し、
「別に?」と言った。
「だってもっとたくさん戦いが増えるんだぜ? ナリタやウエムラみたいなかっこいい奴がいっぱい出てくるなんて、すっげえ面白そうじゃん! そりゃああの強盗みたいなチンケな野郎どもはお断りだけどさ。爺ちゃんは男としてワクワクしないのか?」
 ……その時、俺も、上村も、爺さんも、ティモンの幼さを思った。
 こいつは前線に憧れている少年なのだ……と。
「そうやって誇りを貫き通すのは、拳銃を持つ人たちのほんのひとつまみにすぎませんよ」
 上村が紳士的にそう諭すと、爺さんは深く頷いた。
「その通りじゃ。ティモン、ワシらのやっとることはしょせん飯の種。間違った誇りなら持たんでいい。
 銃が生むのはかっこいい世界じゃない。血とクソと金だけじゃ」
 ティモンは自分の理想を否定されて戸惑った。そうして助けを求めるように大きな眼で俺の意見を求めた。俺は説教をする気はなかったので、代わりにこう言った。
「いいや、俺はティモンの言うようにかっこいい奴が増えた方がやりがいがあるね。どんな屑にも必ずかっこいい瞬間ってのはあるよ。銃さえあれば、強くなれる奴も」
 ティモンが一瞬ほっとしたのを見て、俺は溜め息をついた。
「『だから安い銃をこれからも作ってくれ』……と、お前以外のガキになら言う。わかっただろ。こういうのに騙されない自信があるなら好きにするんだな」
 ティモンは期待を打ち砕かれてしょげ返ってしまった。いくら考えても納得がいかずにクサっている。
 なんならとどめを刺したっていい。シオザキの爺さんが俺に改造銃を作ってくれるのだって日本のことなんか完全にどうでもいいと思ってるからだ。爺さんでさえそうなんだ、と。

 食事の後、俺はすることもなかったのでティモンにせがまれるままに学校の宿題を見てやることになった。ティモンが昭和初期のボロいちゃぶ台の上でノートを広げるのを見ていると、いよいよここがフィリピンであるかどうか疑わしい。
「日本で暮らしてもすぐ慣れるな、お前なら」
「本当? おれもさ、一度日本行ってみたいんだよね。その時はナリタに案内頼んでいいかい?」
「いいぜ。金さえ出せればいつでも」
 「がめついなー」と言いながら彼は笑っていた。どうやら今やっているのは小三か小四くらいの勉強らしい。俺が教えられるのは算数だけで、あとはお手上げだった。問題文がタガログ語ではにっちもさっちもいかないのだ。「そりゃないよ」とティモンが困り顔で俺を見た。
「おれ、ロロに答え聞いてくる」
 あっさり俺に頼るのを諦めたティモンは、ノートと鉛筆を持ってさっさと店の奥の作業場の方へ行ってしまった。
 ……こうして部屋には俺一人。
 俺は一息つき、ポケットから潰れた煙草の箱を取り出して残りの一本に火をつけた。日本からずっと持ってきていたセブンスターも当分吸い納めだ。夜の涼しさとあいまってこのくつろぎは格別といえる。俺は帰ったらこの先どんな商売をして食っていけばいいのだろうか。一休みしたら、それをまず先に考えねばなるまい……。
 煙草を灰皿に押しつぶし、俺は畳の上にごろりと寝転がった。腕枕をすると、手に伝わる振動から誰かがこの部屋へ近づいてくるのがわかった。振動の主は俺に一言かける様子もなく居間へ上がり、部屋の一角に置いてある『風と共に去りぬ』を拾ってちゃぶ台の所でそれを続きから読みはじめた。俺は疲れた身体を起こすのが面倒でそのままそいつに背を向け、居眠りを決めこもうかと思っていた。
 しかし振動の主の側にはまだ用があったらしい。
「成田さんはもうご老人から話を聞きましたか?」
 上村の声が俺に向けられたこと自体が意外だったので、俺は半ば眉をしかめながら奴の側へ向いてしまった。爺さんが俺に特別に話したことなど何もない。上村はそれを聞くと辺りを見回し、誰もいないのを確認して開けたばかりの本を閉じた。
「今し方、ティモン君を日本へ連れていって欲しいと頼まれたばかりでしてね。僕は断りました。多分貴方にも後で声がかかると思いますよ」
「ツーリストの真似なら金を取るって言っとかないとな」
「命に関わると言ってもですか?」
 命。
 ティモンのことなのか、俺たちのことなのか。上村の台詞は俺を試しているかのようだった。ショックを受けたわけではないが、間が空いた。
「どういうことだ」
「この辺は、ギャングが二グループ存在しているそうです。今までは小競り合い程度で済んでいたから却って銃が売れて都合が良かったそうなんですが、改造銃の利益が大きくなってきてからはそうもいかなくなった」
 改造銃の産み出す札束の海。次々と開けられるトランクケースから四角形の権力模様が厚みを伴っていくつも並ぶ姿が目に浮かぶ。爺さんやティモンはきっと大切な金の卵を産む鶏だろう。しかし、これが奪い合いの対象となると……
「”脅して啼かそうホトトギス”ってか」
「”殺してしまえホトトギス”とも言いますね」
 こういった商売人たちがギャングの抗争に巻き込まれれば、ましてや取り合いの商品に成り下がれば、選択は免れえない。彼らは二つに一つ選べと言うだろう。味方になるか、敵になるか。味方にならない者は敵。敵の味方も敵。そして敵には制裁が待っている。
 俺はそこまで考えて昼間の行動のまずさにやっと気がついた。俺たちはギャングに喧嘩を売ったジャパニーズというわけだ。
「確かにさっさと逃げ出した方が賢明かもな」
「僕も銃の整備が終わり次第日本に帰ります」
 俺も改造銃など捨てていけばいいのだ。前金の五百万さえあれば後はどうにでもなる。しかし、爺さんとティモンはその後どうなるのだろうか? 下手をすればそれこそ射殺されて海に沈められるかもしれない。
「爺さんも半端な根性なんか捨てりゃいいのにな。銃を売る相手なんか誰だっていいだろうに……」
 俺が厄介事を前に頭を掻いていると、上村はまだ質問が終わっていないという視線を投げかけてきた。
「それで貴方はどうするつもりなんですか」
「何をだよ」
「ティモン君ですよ。連れて帰るんですか」
 答えは「No」だ。初めから決まっている。
 一銭の得にもならない人間をわざわざ守ってやるほど俺はお人好しじゃない。
「まさに金の亡者ですね」
 上村は軽蔑のまなざしをこめてそう言った。
「じゃあお前は何で連れて帰らないんだよ」
「日本に連れて帰っても守れないからです。それに、僕は組織の人間としてここにいるわけですから」
「ほー、なるほどね。きれいな言い方もあったもんだ。俺も今度からそう言って見殺しにすることにするよ」
 俺は奴の顔が自尊心と一緒に痛むのを見て意地悪く笑い、再び奴に背を向けて居眠りを決めこもうとした。今度は爺さんのサンダルの音が聞こえる。
「ありゃ? ……のう、ティモンどこに行ったか知らんか?」
「爺さんにドリルの答え聞きに行ったよ」
 俺は爺さん相手にそんな間の抜けた返事をした後、ふと爺さんがさっきまで上村と話していたことを思い出した。頭の中で何かが音もなくゆるゆると引っかかって止まった。
「爺さん、あんた上村とどこで話してたんだ?」
「店の外でじゃよ。ちょっと込み入った話じゃったからな。……どこ行きおったんじゃあいつは……」
 俺はむくりと起きあがり、ティモンがさっき走っていった奥の作業場の方へ目を向けた。
「作業場の方は捜したか?」
「当たり前じゃ。ワシは作業場からティモンを呼んだんじゃぞ。それなのに返事もしやせん」
「トイレにでも行ってるんじゃないんですか?」
「そんなところにおったらいくらワシだってわかるわい!」
 それならどうしてティモンは戻ってこない?

 俺は爺さんを放ったらかして作業場へ入った。作業場に人の形跡はない。ただ、俺の改造銃がある。さっきまで爺さんが整備していたものだ。
「爺さん、この作業場に裏口とかあるか?」
「そんなもんはないぞ!」
 後から慌てて爺さんと上村が入ってきた。特に爺さんは今にも転びそうな勢いで部屋中を走り回る。上村は上村で作業場の窓を開け、外を見回す。そこの窓は人一人くらい楽々出入りできそうな大きさだった。
「こんなに空き巣に入られやすい家はめったにないな。おい」
「いや、一応防犯対策はしてあったようですよ」
 上村は窓の外から重い鉄網を二枚拾ってみせた。どちらも端が丸く溶けて反り返っていた。
「まだ端が温かい。焼き切られてからそんなに経ってないですね」
 そう呟く上村の顔は苦渋に満ちていた。
「ウエムラ。ティモンは!? そっちにおるか!?」
 爺さんが半狂乱になって窓の外を覗く。俺はその後ろからさらに窓の外を見回した。見えるのは今にも吸いこまれそうな裏通りの道々だけだった。

 その夜俺たちは一晩中ティモンを捜した。しかし、彼の姿を見つけることはできなかった。
「すまんかったのう。これも全部ワシのせいじゃ」
 爺さんがそう言って断腸の思いで捜索を諦めたのが朝方だったろうか。爺さんは家へ帰り着くなり俺たちの前で土下座し、床を涙で濡らした。
「ご老人、顔を上げてください。これが誘拐ならまだティモン君を取り戻すチャンスはありますから」
 上村がそう言って爺さんを慰めようとしたが、爺さんはこの期に及んで「それだけじゃなかったんじゃ」とのたまった。
「……何だって?」
 すっかり疲れ果てた爺さんの顔。もう語気を強める気力もないように見える。
「銃じゃよ。あんたらの銃じゃ。ウエムラのワルサーP38も、ナリタの改造銃も、整備が終わって使えるようになっとった銃は全部やられた。盗まれたんじゃ」

 俺はその時爺さんに何を言おうとしていたか、全部忘れた。何も言えずに傍らを見ると、上村が自分の名前まで忘れたような顔をして立っていた。


「The Agents Vol.3 / ジャンク屋にて」


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