1945
Chapter2 [2/2]


「多美ちゃん、頑張ろうね。八月まで頑張ればきっと戦争も終わるからね」
「ほんと? そこまでがんばれば日本が勝つのね?」
 多美ちゃんは私の「八月宣言」に瞳をきらきらさせてお国の勝利を信じて疑いませんでした。私は憂鬱でした。歴史が変わることはきっとないでしょう。それでも、「勝つ」と言わなければ警察に捕まります。
 そんなところへ信人兄ちゃんは帰って来ました。
「ほい、ただいま!」
「おかえりなさい」
「お兄ちゃん、あそんでぇ」
「おう、何して遊ぼうか?」
 私が多美ちゃんくらいに小さかった頃の手遊びは私たちを十分に慰めてくれました。覚えているでしょうか。誰もが幼い頃、遊ぶのに道具なんて必要としなかったことを。木があれば木と遊び、水があれば水と遊び、何も無ければ手で遊んでいたことを。
 ”おちゃらか”や、”ずいずいずっころばし”や、私は知らなかったけど多美ちゃんに教えてもらった遊び。
「多美、奈津、ちょっと見とけぇ」
 信人兄ちゃんは私たちを玄関に座らせて、入り口に脱いだワイシャツを干し掛けました。
「犬がいるぞー。ワン、ワン!」
 手で作った犬の影がワイシャツに移ります。外に出た信人兄ちゃんの影も一緒に。
「あー、わたしもやりたい!」
 多美ちゃんも私も外へ出て影絵をして遊びました。いくらでも新しい生き物をワイシャツに写しました。
「みんな外に出たら見る奴がいないだろ」
 私たちはそろってくるくると笑っていました。私にとって、それはささいで貴重な思い出です。ここでは全ての人が一生懸命生きていました。こんなささいなことを味わえるのさえ幸せな時代でした。
 そして幸せな思い出は境目を持たずに、また悪夢の空襲へとすり替わっていくのです……。

 影遊びに夢中になっていた私たちの耳に空襲警報のサイレンがこだましました。三月の青空の中に、黒い影がそのまま独立して飛んでいました。

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