鎖とその男に関する記録
Chapter1-1 [3/3]


「おい、俺は貧乏人だぜ?」
 バルガスはマリーニ邸の食卓に並ぶような食品の山に肩を落とした。
「す、すみません」
 セフェリが頭を下げる。
「いいか、今度からはとにかく安い、”普通の”もん買ってきてくれ」
 バルガスはそれ以上彼女を叱る気もなかった。彼は黙って鍋に火をかけ、今晩限りの豪華な夕食を作り始めた。

* * * * *


「ねぇおじさん」
「あ? 何だ?」
 二人の夕食。小さな木片がぱちぱちと燃え、互いの顔をゆるく照らす。
 母親なしの家族と言っても差し支えない年の差。薄闇の中ではバルガスの顔はさらに力強く、いかつく見え、セフェリの顔はさらに儚く、美しく見えた。
「これが普通の暮らしなの?」
「そうだ」
 会話は少ない。だが一緒にいるということは、なぜかありがたい。
「私、こんな暮らし知らなかった。今まで奴隷の暮らしと貴族の暮らししか……」
 彼女は戸惑ったままパンをかじった。
「……豆だけのスープは飲む?」
「飲むぜ。たまにはな」
「……じゃあ、スープだけで一日が終わって、次の日もスープで、次の日もスープで、次の日もスープってことは?」
 バルガスが手を止める。そうして、しばらく彼女のつぶらな瞳を見つめる。
「金がなくなればそういうこともある。でも、これからはない」
「本当に?」
 セフェリの瞳が精錬された鉄ならば、バルガスの瞳は黒くなりたての暖かい鉄でできていた。
「子供一人路頭に迷わせるほど俺も人間できちゃいねえよ」
 声ににじみ出る優しさを、セフェリは心の底で受け止めた。
(ありがとう)
 そう言う代わりに、彼女は目の前の男をじっと見つめた。彼は何に気づいたのか、笑いながらこっちの方を見ている。
「笑顔が一番だよな」
 彼の目の前で、彼女は笑っていた。ほんの少し開いた花に見えた。

* * * * *


 マリーニ邸の庭。そこでマリノ・マリーニはいつものように女を選んでいた。今一番のお気に入りは肌の白い長髪の女、タオ。とても奴隷とは思えない気品があり、着飾れば下手な貴族よりずっと目を引く。
「ねぇタオ、何か面白いことはないか?」
 彼女は首をかしげた。そんな仕草もマリノにはかわいくてたまらない。そうしているうちに、彼は彼女の首の鎖に目をつけた。
「おや?」
 珍しく鎖に絵が刻まれている。それも幼稚な子供の絵だった。
「バルガスの奴が絵を?」
 マリノはそこまで言って思い出した。あの男には奴隷が一人いたのだ。
 その時、彼の興味の虫が湧いた。一般庶民の暮らしを見るのもたまにはいい暇潰しだろう。何よりあの奴隷をもう一度抱いてみるというのが一興だった。
「タオ、おいで。面白いことが見つかった」
 マリノはすかさず立ち上がった。その場限りの好奇心というのは彼にとって重要なものだった。

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