鎖とその男に関する記録
Chapter1-3 [2/2]


 知らない男たちに羽交い絞めにされて、バルガスはやっと正気に戻った。いつの間にか首輪に血がついている。
「――バルガス、お前の罪は重いぞ!」
 マリノは額を割られながら、それでもしっかり気を保っていた。
「しょせん奴隷の子は奴隷か」
 バルガスの首に鎖がかけられた。その時、彼もようやく自分の運命を悟った。彼はもはや「平民」ではなかった。
 ベッドの上からセフェリが涙目でこっちを見ている。彼女の目の前で、「奴隷」の男が引きずられていく。声にならない何かを叫びながら。
「セフェリ!」
 それ以上の言葉はなかった。一瞬目が合ったのを最後にして、二人は遠く引き離された。

* * * * *


 光の届かない地下室。そのじめじめした床の上に、文字通りバルガスは頭から投げ出された。自分の後ろで扉が閉まる。
「出してくれ」
「光ぃぃぃぃぃぃぃぃ」
 暗闇の中から無数のうめきが聞こえる。地獄と何一つ変わりはなかった。黙って体を起こすと、隣からうめきとはまた違った声が聞こえてくる。
「お前、新入りか」
 同年代くらいの男の声。
「名前は?」
 これまた同年代くらいの女の声。
「……ヴィークラム・バルガス」
 虚ろな声で答えると、男の方が呟いた。
「名前は二つも要らない」
「どっちか一つ棄てちゃいなよ」
 女の方もそんな風に言ってくる。途方に暮れながら彼はしばらく考えて、見えない同胞に返事した。
「じゃあヴィークラムでいい」
「どうしてそっちを取ったの?」
「奴隷だった母にもらった名前だ。平民の父にもらったのよりはいい」
 あまりにもとりとめのない声。奥の方でうめいている連中と大差ない。
「あんた、今望みはあるの?」
 女の方が落ちついている。
「そんなもの――」
 帰る家も、守るべき家族もない身だった。自分が罪を犯して特別迷惑をこうむる存在もいない。そんな自分でもまだ望みがあるとしたら。
 彼はたった一つの心残りを見つけ出した。
「――いや、まだここで終われねェな」
 だんだん声がしっかりしてくる。彼の心にひっかかっている少女は、あの後一体どうなってしまったのだろう。
「もう一度会わねェことには」
 彼の眼に光が戻ってくるのを、他の二人も感じたらしかった。
「俺たちも奴隷のまま終わる気はない」
 男は確固とした口調で彼に呼びかける。
「いいか、向こうでうめいている連中みたいにはなるな。人間でいろ」

【第一章・了】

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