鎖とその男に関する記録
Chapter2-5 [2/2]
ハリソンは表情こそ変えなかったが歯を食い縛って拳を握りしめた。
地下室の中には一人として健康な奴隷は残っていなかった。残っていたのは動けないような奴隷たちと、鎖をかけられて放り込まれた数人の部下たちだった。扉の向こう側から女の声がする。
「はは……”びゃ”まあみろ!」
扉は口を閉じたまま笑っていた。ハリソンは扉を殴ることもなく、荒い足取りで階段を上っていく。逃げ出した者たちに危険が迫る。
「”ひゃ”たしも戦いたかった”ひゃ”あ」
扉の裏側でカドゥーミは無理に笑った。脂汗を流しながら、それでも笑っていた。
* * * * *
マリーニ邸が次第に武装集団によって囲まれていく。ネズミ一匹逃さないといった気配が中からもまざまざと感じられる。
「マリノはどこだ!?」
「早く捜し出せ! 攻め込まれるぞ!!」
マリーニ邸、二階。
奴隷たちは片っ端から部屋に押し入りマリーニ家の当主を捜していた。しかし部屋は数え切れないほどたくさんあってなかなか見つからない。
「逃げられたか?」
「そんなこたぁねえはずだ! 捜すんだ!!」
ようやく部屋の三分の二を捜し終えた時、外から中年男の叫び声がした。
「マリノ様を救出するぞ! 突入!!」
武装集団が一気に入ってくる。入口から、庭から、裏口から逃げ場を消していく。
「階段を登らせるな!」
奴隷たちの半分は階段に集結し、二階にあった使えそうなもの……ベッドやらテーブルやらクローゼットやらを階段に積み上げて何とか抵抗している。
「ヴィークラム、お前はマリノを捜せ」
「何言ってやがるんだ、俺は戦うぞ」
バールは花瓶を二つ抱えながら怒鳴った。
「お前がこいつら引っ張らないでどうする!! マリノを逃がしたいのか!?」
彼らしからぬ大喝にヴィークラムがはっとする。こうしている間にも武装集団がバリケードを破壊しているのである。
「早く行け!」
バールは花瓶を運ぶとヴィークラムを突き飛ばし、自分は違う部屋へと走っていった。ヴィークラムは突き飛ばされたその足で奥の部屋へと疾走し始めた。
* * * * *
地下室の扉は固く閉ざされている。外から数人の兵士たちが体当たりしているにもかかわらず、である。
「”ひゅ”ごけるや”ふ”は、こっ”ひ”に”ひへ”!」
扉の裏側でカドゥーミが叫ぶ。何とか動ける奴隷はそれこそ無理やり這いずり回り、扉の裏側に積み重なる。
「”ひ”にたくないなら”ひぇ”つだいな”ひゃ”い!!」
痺れた舌がなかなか治らない。扉への体当たりはひどくなる一方である。
* * * * *
「マリノはいないか!?」
ドアというドアが開け放たれ、または蹴破られる。しらみつぶしに部屋が荒らされ使えそうな家具はバリケード用に持ち去られる。
「この部屋が怪しいぞ!」
仲間の声がする方へヴィークラムは走った。そのドアは鉄製の強固なもので、すぐに蹴破るというわけにはいかなかった。しかもどうやら裏にはカンヌキがかけられているらしく、手のつけようがない。
「こっからは入れねぇな。裏から回ろう」
ヴィークラムは隣の部屋に入ると、人一人出入りできそうな窓から顔を出した。
ぎりぎり一人が歩けそうな縁。下に落ちたら武装集団に捕まる。
「少なくともカンヌキをかけた奴がいるはずだ。誰かが」
彼は首に鎖をぶら下げて窓枠に手を掛けると、縁の上に乗り出して少しづつ歩きはじめた。手すりになりそうなものが何もない、すべすべした石造りの壁に手をつける。積もった埃で滑りそうになる。
「こんなくだらねえ死に方は勘弁してくれ……」
たった数メートルが数キロメートルに思える長さだったが、ヴィークラムは何とか隣の窓に着いた。窓の向こう側に、誰かいる。
「……!」
女が一人と、貴族が一人。特に貴族のほうは間違えようもない。
女はロウソクの火のついた燭台を掴み、侵入者を突き落とそうと窓の方へやってくる。かたやこちらは一歩下がったら落ちてしまう。彼は迷わず鉄の腕輪で窓ガラスを叩き割り、中に向かって叫んだ。
「マリノ!! 俺たちを解放すると言えっ!!」
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