鎖とその男に関する記録
Chapter2-6 [2/3]


 それは戦いの終焉の言葉だった。
 奴隷たちから歓喜の声が上がる。ヴィークラムの顔からも、微笑がこぼれる。
「怪我人を連れて外へ出るぞ! 手の空いた奴は地下室へ行って他の奴らを運び出すんだ!」
 ヴィークラムはそう指示して武装集団に割り込むように歩き出した。後から奴隷たちがそれに続く。
「マリノ様、今すぐ攻撃しますか?」
 兵士の一人が囁くと、マリノは首を振った。
「いや、絶対に手を出すな……」
 いつの間にか冷や汗が垂れている。
 ヴィークラムの足跡は血に染まっていた。裸足の赤い足跡は泥の足跡に混ざって、他の奴隷たちを導いているように思えた。

* * * * *


 朝と共に奴隷たちは町へと散っていった。
「ヴィークラム、これからどうする?」
 まだ痺れの取れないカドゥーミをおぶってバールは歩いていた。その隣には手足に包帯を巻いたヴィークラムがセフェリと一緒に歩いている。
「また職を探すさ。これでも俺には鉄職人の肩書きがあるからな」
「ねぇ、あたしたちといっ”ひ”ょに来ない?」
 カドゥーミはバールにもたれながらそう言った。
「”ひ”まのまま”びゃ”……やだ、まだ”ひ”びれてる」
「……今のままじゃ食えずに奴隷に逆戻りってのが大半だからな。仲間たちにも集まる場所を伝えてある」
「何の話だ?」
 ヴィークラムは眉をしかめた。セフェリも歩きながら顔を上げている。
「奴隷だけで反乱軍を作るって話さ。この世の中を変えなきゃ俺たちはいつまでたっても奴隷だ。俺たちの子も、孫もな」
 バールは朝日に目を細めながら堂々とそんなことを言ってのけた。
「そんなの無理だろ。おもちゃの兵隊じゃあるまいし、食っていけねえよ」
 そんな反論にも彼は耳を貸さない。カドゥーミは彼の背中で笑っている。
「金ならあるさ」
 バールの声と共にカドゥーミは何かの袋をくわえてみせた。
「あ、何それ」
 セフェリは袋を受け止めてその重さに仰天した。中には金貨や宝石の類が目一杯詰まっていた。
「何だこりゃあ!?」
「マリーニ家でちょっと細工して頂いた。仲間たちも全員同じのを持ってるはずだ」
 バールは度肝を抜かれたヴィークラムに不敵な笑みを浮かべてみせた。

* * * * *


「マリノ様、ちょっと金庫においで願えますでしょうか? お話があります」
 アーマド・ハリソンの押し殺した口調に呼ばれてマリノが金庫に入ると、ハリソンは単刀直入にこう言ってきた。
「マリーニ家は終わりです」
 やたらに重々しい口調。いきなりのことにマリノがぎょっとする。
「気でもふれたか? 何があった?」
 ハリソンは黙って金袋を一つ手にとると、それをマリノの前で開けてみせた。目の前で彼が愕然とするのがわかる。
 袋の中には金貨など入ってはいなかった。入っていたのは金色ではなく、真っ黒な奴隷たちの鎖とスープの皿だった。どの袋を開けても鎖と皿ばかり。あまりにも粗末な中身が彼をあざ笑う。
「今すぐ追っ手を差し向けろ!! あいつら皆殺しにしてやる……!!」
 彼がヒステリックに叫ぶと、ハリソンは打たれた鐘のように即座に言った。
「手遅れです。市民に紛れた奴隷を見分ける方法はありません」
「しかしこのままでは……」
「マリーニ家が奴隷に敗北したと市民に知らしめたいのですか?」
 彼の一言はマリノの弱点を正確に突いた。マリノが苦悶のうめきを上げる。
「私は事後処理がありますのでこれで失礼します。全て終わったら辞職致しますので、よしなに」

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