鎖とその男に関する記録
Chapter2-6 [3/3]


 ハリソンが金庫から退出する。自分の失意を押し殺して扉を閉じる。残されたマリノは機械になって、これからのことを考えはじめた。
 働く奴隷はいない。兵士たちに賃金を払って、ことごとく破壊された家具を捨てて、それからどうする? 大体賃金はどこから出せばいいのだ? ほかにも働いてくれた者たちに払う金は……?
 彼は鎖とスープの皿の前に屈服した。
 他には何もない、一文無しの貴族。
 マリノ・マリーニは鎖と、スープの皿に……奴隷たちに完全に敗北したのだった。

* * * * *


「マリノの死にそうな顔が目に浮かぶぜ」
 バールとカドゥーミが大口を開けて笑う。ヴィークラムとセフェリは目を丸くするばかり。見たこともないような金銀財宝だった。
「こんだけありゃ十年は平和に暮らせるぜ。反乱軍なんて作らなくてもいいんじゃねぇか?」
 ヴィークラムが驚き入りながら言う。バールとカドゥーミはそれに首を振った。
「十年だけだろ。その後俺たちが奴隷にならないって保証はない」
 バールはヴィークラムの目を見ながらセフェリの肩に手を置いて、思い入れのある目でこう言った。
「この子だってそうだ。この子が子供を産めば、そいつだってそうなる。お前はそれに耐えられるのか?」
 にわかにヴィークラムの目の色が変わる。セフェリの澄んだ瞳が、こっちを見ている。バールは金銀財宝の袋を彼女に持たせて立ち止まった。もう分かれ道の所まで来ていた。
「俺たちはこの金で明日を買う。奴隷なんて身分のない世の中を買ってやる」
 冗談や酔狂ではなかった。彼の眼はまだ熱い鉄のままだった。背中のカドゥーミの眼も同じである。
「お前も一緒に戦ってくれ。俺たちはこの先の市場にいる」
「待ってるから」
 二人は強制しようとはしなかった。ただそれだけ言って、歩き出してしまった。ヴィークラムとセフェリはそれを見送る。声一つかけずに、見送る。

「おじさん、これからどうする?」
 つぶらな瞳がこっちを見上げている。
 途方もないほどの自由が二人の目の前にある。
 そしてこれからの道標も。
「まずは傷を治して、スープ以外のもんを食う」
 ヴィークラムは優しくセフェリの頭を撫でた。
「そしたら明日を買いに行こう」
 穏やかで、はっきりした言葉。セフェリは満面の笑顔でそれに応じた。こんなにも嬉しそうな笑顔は、初めてだった。

【第二章・了】

次章[#] 前[*]
戻る[1]
Copyright © 2009 桔梗鈴