Credo
Chapter2 [3/3]


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 ──なんだ、大学生じゃなくて高校生だったんだ。それなら早く言ってくれればよかったのに。
 大介と由加里は初めて出会ったその日に大学前の喫茶店で一緒にお茶を飲んだ。窓ぎわで日差しに包まれながらアイスレモンティーのストローを咥える由加里に対し、大介はホットティーのカップを口につけながらいささか堅苦しい正義心を発揮して無骨な物言いをしたものだ。
 ──由加里ちゃん。あの、初対面で言うのもなんだけどさ、女の子がその辺で知り合った男を誘ってほいほいお茶しちゃうのは俺正直どうかと思うんだが……。
 ──別にいいじゃないですか。減らないし。大介さんは女の子に社交するなって言いたいんですか。
 ──いや、そうじゃないんだけど……由加里ちゃんがそのつもりじゃなくてもお父さんはそれ見たら泣くんではないかと。俺としては、どうも、それはいかんのではないかと。
 ──考え方が古いですよ。残念だわ。父が見込んだ人だっていうからもう少しフレキシブルな人かと思ってたのに。
 由加里はあっさりと続けた。”今この世界を支配してる考え方だって、十年後にはどう変化しているかわからないですよ。近代十年間を振り返ってもそれは確かなことです。だからもったいないわ。新しい価値観を受け入れないなんて”。
 真珠色のストローから口を放してきらりとこちらを見つめる瞳に、大介は目から鱗を落とされる思いがした。それは彼女の父親とは少し違うやり方で、深い奈落の底にあった大介の心を思いがけなく勇気づけた。
 同性相手で、しかも不倫という二重のスティグマを背負っていた青年の中に、当時光は見出されていなかった。大介は小峰百合雄への愛のために世界に背を向けた。何度も中年男のもとに通いつめては汚れきった体をさらに差し出し、男の脂肪のついた腹に顔をうずめて生きる許可を請う。
 同性に性の捌け口を求める出来損ない。それだけで説明しきれない、深淵を覗き込むような孤独と根本的な人間への絶望感。全裸にされて手足を縛られ、目隠しをされながら鞭打たれ、生きていてごめんなさいと泣きじゃくった。もっと泣いてしまえ、全部吐き出してしまえと命令する中年男の優しい声が菩薩のようだった。
 ──苦しかっただろう。これまでずっと優秀で、正常であることを求められ続けてきて。さあ、全てを僕にゆだねてそこに四つん這いになりなさい。僕が君の仮面を外してあげよう。
 それまでごく普通の封建的な家庭の長男として大介が心身の中に眠らせていた素養──同性への愛を始めとした無数の影の部分を、小峰百合雄は半年ほどの調教で根こそぎ外へ引きずり出した。そうしてこれから生きるべき真の生き様を指し示してくれたと大介は思っている。二人の関係は不倫相手などという単純なものではなく、まさに師匠と弟子、教祖と信者に近い絶対的な”絆し《ほだし》”を持っていた。
 二人の関係は大介が高校三年のときに終わる。互いにとって引力の強すぎるこの関係は大介が望むほど長くは続かなかった。大介は一方的に捨てられる形で百合雄に別れを告げられ、以後は彼の顔を見ずに自らの道を歩むこととなる。

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