Credo
Chapter3 [3/3]


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 青年時代。永遠のように思われていた小峰百合雄との関係に影がさし、「距離を置こう」と言い渡されたとき、大介は寄る辺を失った子羊さながらにうろたえて彼にとりすがった。
 ──どうしてだ? 俺あんたの教えてくれることは何でも覚えた。何でもできるようになったよ。俺以上にあんたを満足させられる奴なんかいない。そうだろう。あんたこそ俺無しじゃ一ヶ月と我慢できないはずだ。……そうだろ?
 最後にはよわよわしく消えた大介の問いかけに、百合雄はワイシャツを羽織りながら冷酷な視線で青年を見下ろしただけだった。青い果実は相手に気に入られようとするあまり誰よりも短期間で熟れてしまった。青い果実を好む男にとって、それはもはやべたべたと甘く疎ましい感想しか生まない。
 ──学ばない果実に用はないがね。君と会うたびに、僕にとって君の存在価値がどんどん薄れていっているんだ。君は有能すぎる。すぐに僕の手のつけられないところまで成長していってしまうだろう。
 始めから搾取され、捨てられるために愛されていたのだとそのときにはまだ受け容れられなかった。思春期も只中の青年にとって、この中年男だけが自分の愛を受け容れてくれる絶対無二の存在だった。この男がいなければ同性への愛など一体誰がわかってくれるというのか。
 ──恨むなら僕の嗜好と運命を恨みたまえ。
 無感情に閉まるドアの音。しばらくして、世界が崩れ落ちる予感に体が震えだした。

 極度のうつ状態になり、自室の隅に引きこもる日々が何日も続いた。
 閉ざされた空間の中で何度も思い浮かべるのはあの父娘のことばかりだった。百合雄の菩薩のような愛情と、冷酷さと、由加里のきらりと光る笑顔。それまで凡庸な人間として抑圧されていた大介の魂が解き放たれてからというもの、大介はあの二人にずっと惹かれ導かれ続けてきた。
 ──俺を独りにしないでくれ。
 大介はある日ついに禁を破って百合雄に会うため大学の研究室へ向かった。
 そしてあっけなく見た。他の若者に言い寄り行為に及ぶ中年男の姿を。
 自分一人ではなかった。あの男が洗礼を施さなければならない子羊は、仮面が取れる日を待ちわびる子羊は、自分の他にもまだたくさんいる。自分は十分にあの男の施しを受け、満たされたものとして見做されたということだろうか。
 時々、あの男は青天の霹靂のように救われぬ自分を抱きしめてくれた。
 大介は虚脱状態で街中を彷徨い歩き、その日のうちにゆきずりの男と行為に及んだ。激しく盛るばかりで何の思考も要らない性欲処理。全身運動が終わって服を着ると、またぶらぶらと夜の街を右へ左へ歩く。
 途切れ途切れになる記憶のどこかで由加里に会った。いつもと変わらぬ聡明さを示す由加里の前で、大介は唐突に泥を投げつけるような言葉を口にした。
 ──由加里ちゃん。自分が二番目以下の存在だってわかっても、どうにもならない関係ってあるよな。
 抜け落ちた”好きで”という言葉を由加里は察してくれた。夜の街で静かに微笑みながら彼女は返してくれた。
 ──つらい恋ね。

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