Disk1
2:Fanny Cuse [2/2]
精神鑑定の場でのファニィは実に正直だった。
「どうしてこの男を殺した?」
「そいつのかかとが欲しくなったから」
「どうして殺さなきゃならなかったんだ?」
「だって、そいつが生きてたらかかとを独り占めできないじゃない」
「……君は、人を殺すことについてどう思う?」
「国家が認めてる合法的手段よ」
精神科医はファニィの答えに舌を巻かれた思いだった。
「君、殺人は法律に違反してるんだ。それより人間として許されないと思わないのかい?」
「あれ、何言ってんの? あたしは国家に殺されるってのにさ。そのへんの矛盾はどうやって説明してくれんのさ?」
ファニィは精神科医を見下すように、退屈そうな顔で頬杖をついた。
「目的のためなら人を殺してもいい。あたしにはそう言ってるとしか思えない」
「それは君が罪を犯したからだ。罪もない人々を殺すのは間違ってる」
「罪もない人間なんているわけないでしょ。そんなのいたら化け物だよ」
精神科医は彼女の瞳にたじろいだ。淀みのない、白うさぎのような赤い知性の瞳。
「国家は人間の作ったもんなんでしょ? それが戦争したり誰かさんの人生ぶっ壊したり金巻き上げて好き勝手したりしてさあ、罪なんて腐るほど犯してるじゃんか」
彼女の声は淡々として冷たい。
「あんたにだって欲や罪があるでしょ? 人間だものね。欲も罪もない奴ってのは生きる力がないだけ。あたしはただそれに正直に生きてるの。あんたたちみたいな、嘘つきじゃない」
精神科医は首を振ってノートを閉じた。
「鑑定は終わりです」
立ち上がってファニィを見下ろす明らかな拒絶の眼。異星人でも映っているのだろうか。
「君を救うことはできないようだ」
そしてファニィは独房へ返された。死刑執行まで、あと三十日。
ファニィは独房の灰色に溶け込むように、隅っこにうずくまっていた。自分がどうして刑務所にいるのかさっぱり分からない。小窓から差し込む光が、赤く、やがて暗くなっていく。
ファニィはうとうとして、夢を見た。見るのはいつも同じ夢。いつも、いつも、いつも……
「何であたしを殺そうとするの!?」
「生きてるお前を愛する気になれない」
男の手に握られたナイフ。閃く。あかく、かがやく。
「嫌だ!」
誰も責めない。あたしは生きようとした。嘘なんか、つけない。
「ぎゃっ!」
あっけない悲鳴。あかく、そまる。
「……あは……しんじゃったね……。あたしも、あんたのこと、ずっとあいしてあげる」
ナイフで首を切り落とし、大切に抱きかかえる。もう後戻りはできなかった。
気がつくとまた布きれの山ができていた。ぽつんと朝の光が差し込んでいる。また女の看守が入ってくる。
「ねぇ……あたしが殺されるのって、今日だよね?」
看守は黙ってうなずく。
「わかった。替えの服……ちょうだい」
ファニィはそう言って、やっと眠りについた。
「何か言い残すことはあるか?」
「あるよ、いっぱい」
ファニィは囚人服を着て、手錠をかけられ、「死刑執行人」の顔を見上げた。相変わらず妖しく、気高く、そして美しい顔だった。
「でも、一つだけでいい」
毅然とした瞳は目の前の死に静かに問いかける。
「教えてよ、何であたしは殺されるの?」
「罪を犯したからだ」
「国は殺されないの?」
死刑執行人は答えなかった。ただファニィを寝台の上に寝かせ、注射器を薬物のアンプルに刺し込み、最後の言葉を言い渡す。
「お前は消されたのだ」
薬物の注射を受け、ファニィは眼を閉じた。その身体はもう動かなかった。
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