夢の最果て
Chapter2 [3/3]


 世界中を燃やし尽くしたくらいはあろうかと思われる灰の上に濁りきった虹色のゴミを堆積させて、それでも毒の灰色はまるで無くならない。世界中の色は徐々に毒の灰色の下へ沈んでいくだろう。地表では追い出されたケモノたちの死体があり地下では服を着た人間たち(もっぱら老人と子どもたち)の死体がそこいらへんに落ちている。唯一美しいままの空を裸眼で見上げれば、紫外線に目を焼かれる。
 まだ見ぬ海を目指して歩く一行の数は三人になった。唯一消える前の海を知っているクローブと、それに付いていくヒスイ。サンゴはヒスイの胸元でちいさな防塵マスクをつけ、真っ蒼な賢者の石をきゅっと握りしめてずっと眠っていた。いくら氷と水で冷やしても、高価なミルクを飲ませても、赤ん坊のサンゴの体力では死なないように戦うのが精一杯だった。
「おい。サンゴはちゃんと汗かいてるか」
「大丈夫。ちゃんとかいてるよ……ほんとに、こいつは凄い」
 ヒスイはサンゴのために黒い日傘を差して歩き続けている。炎天下の大地で傘に受ける熱風の抵抗に耐え、サンゴとサンゴを冷やすための氷水を背負う負担は計り知れないものがあったがヒスイはそれを言わなかった。もともと耐えることには慣れきっていたし胸元のサンゴの存在が彼の気力を支えたということもある。ヒスイは歩きながら笑いさえした。ヒスイが笑いかけると、驚くべきことに苦しいはずのサンゴも時々笑い返してくる。クローブはその力強さに改めて目を瞠る。
「ね、だから言ったでしょ子どもは宝石のようだって」
 ヒスイは自分が脂汗をかいていることに気づいていないのだろう。気づいていたらあんな風には笑えない。クローブは驚嘆と同時にこの二人の若さをまだまだ危うく感じてしまう。実際彼らが強いのだという事実は曲げようがなく歴然と存在しているが、それを過信してはいつ足元の骨のようになってしまうのか解らないのだ。クローブにはそれが怖い。
 ヒスイが大きくなってからは見ていなかったが、遠くの丘の向こうで黒い群れがさわさわと蠢き始めていた。地表のあざとい奴ら。彼らは死者と怯える子どもをとって喰い、なついた子どもと赤ん坊を攫う。



「ねえクローブさん」
「うん?」
「昔のキャラバンには赤ん坊とかいた?」
「いるも何も、キャラバンの人間は昔は全員キャラバンの赤ん坊だったさ。ラクダの上には妊婦と赤ん坊がよく乗っていた」
 だんだんどの町でも子どもと妊婦が減ってきている。知恵を持ってしまった人間の多くは絶望に呑まれて滅ぶままになり、残るのはただただ本能だけで勝手に殖えるケモノばかりだった。
「俺もサンゴも拾われなかったらケモノになっていたのかな?」
「ああ。今頃外で勝手に子ども作って人を襲ってるか、逆に捕まって壊れたケモノにでもなっていただろうよ」
 失われた古えの大地さえあれば、みんな救われるんだ……ヒスイはクローブからそんな台詞をたまに聞いた。クローブはクローブでその台詞を何度もキャラバンの人間に聞かされたのだという。そしてそこに「そんな大それた幻想は俺には持てなかったけどな」と付け足す。
「でも、海さえ見つかればきっと何かが変わる。それでいい」
「……ずうっと前にも聞いたよ。その台詞」
 最初に聞いたときヒスイはまだ小さな子どもだった。
「クローブさん。本当に海なんてあるの」
「あるよ。海はきっとある」
 胸の中ですやすやと眠るサンゴの姿。
 ヒスイはそんな答えを期待していたわけではなかった。クローブと違ってヒスイは消える前の海さえ知らないし、何年旅を続けてもこの大地では海への道を歩いているという確証すら持てなかった。いつまでも無意味にゴミの山の上を歩き続けているだけなんじゃないのか。本当は海なんてものは人々の逃避願望が生み出した偶像で、クローブはそれを熱心に信じている単なる虚言癖の男というだけなんじゃないだろうか。……長年信じ続けてきた人を、今更疑いたくはなかったけれど。
「……本当に? 本当に海なんてあるの」
「……あるんだよ。海はある」
 クローブにはその返事しかできないし、自分はその返事では絶対に納得できないだろう。矛盾を思い知ってヒスイが口を閉ざしたのは深夜のことだった。

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