青い森に二人 [3/5]


 青鉛筆の下地に、細筆でセピアのラインをつける。柔らかいが繊細ではなく、強い情念をたわめた線だった。十六歳のカタリーナは妙齢に達した自分に見向きもしない男のことを憎み、一方でカードの裏表のように変わり果ててしまった自らの肉体を憎んだ。
 この日のために生き、男の幻を追いかけて絵の道へと進んできた。カタリーナは燃えるような情念に生きる女だった。幼い頃この男と交わしたあやまちが、その後の彼女の人生を決定づけることになる。
 カタリーナは十歳で男に抱きしめられたときのことを憶えていた。意識の奥底で本能が告げる暴力のにおいに、不安になり、自分が手を突っ張ってそれを拒絶したことも。それもこれも己のからだが未熟だったからだった。男はカタリーナが拒絶すると彼女を放し、自己嫌悪に陥った様子で彼女に家に帰るようすすめた。そして翌日にはそれは何でもないこととして忘れ去られていた。
 自分が未熟だったが故に、あの時愛は完成しなかったのだとカタリーナは考え続けていた。男の愛に応えられない自分のからだの幼さがいつも憎らしかった。六年間想い続けて、ようやくこうして男の愛に応えられる歳になったと思ったのに。
 それなのに。
 カタリーナは間違っていた。男が望んでいたのはあの時の自分であり、愛はあの時点で止まっていたのだった。十歳以下の少女しか愛せないだなんて。そして今の自分が、嫌忌されるだなんて。
 知性、倫理、常識。恋情に狂うカタリーナは全てを無視する。彼は思い出の中に私を追いやろうとしている──それだけが彼女の人生に関わる問題だった。



”(前略)
 七年前、君は庭のある家に住んでいて僕の絵のモデルになってくれたね。僕はあの頃庭師手伝いとして生計を立てていた。たくさんの女の子を描いたけれど、君ほど積極的な女の子はなかなかいなかったからよく憶えている。グレーの勝気な瞳を自分でチャーム・ポイントだと自覚していたね。君のちいさな、ほっそりした、骨の入った、でもやわらかな手足。食べてしまいたいくらいだった。
 君が無邪気にスケッチブックをとって君と僕の一緒にいる絵を描いてくれた時、僕は人生が終わってもいいから君を誘拐したいと真剣に考えた。僕が”人間として認められるためには僕とのセックスに応じてくれる十歳以下の少女が必要だった”。選択の余地がない。僕には他に選択の余地がなかったんだ。君をそういう目に遭わせずに切り抜けられたのは単なる偶然の恩恵にすぎない。
 君にせがまれて初めてカンバスに君と僕、二人の下書きを描いたとき、僕の胸がどれだけ高鳴っていたか君は知らないだろう。僕はかわいらしい君の姿を描き、それから非常に遠まわしな場所に醜い妖精のようにして僕を描いた。君は「こんなのお兄さんの姿じゃない」といって直ちに描き直しをするよう僕に命じたね。僕はあの時まで人間らしい姿をした自画像を描いたことがなかったのです。
 カタリーナ……君は長いこと僕の気高い恋人だった。カンバスの中が僕と君のエデンだった。それまで僕が畏れ多くて入れなかった聖域に、君は僕を入れてくれたんだ。カンバスの中で小さく醜い化け物だった僕は人間になった。君は、人間になった僕を見て笑ってくれたね。「これでいいのよ」って。

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