青い森に二人 [4/5]


 人間にはね、それまでの全ての過去を振り返って「今までの人生は何だったのか」と泣きたくなるときがある。僕の場合、そのときがそうだった。
 君だけは絶対に傷つけまいと思う気持ちと、君に自分の全てを、醜いところも含めて全部を知ってもらいたい、君を壊したい強烈な気持ちと……両方に悩まされた。とにかく君に寄り添うことを考えました。身体を突き上げる熱を全て絵筆にこめ、カンバスの中の君と君の見る世界を輝かせることに傾けた。
 二人で何百ヤードもある庭を隅々まで探索したね。それが終わると僕たちは世界中を飛び回って、たくさんの動物と触れ合ったね。二人でよく青い鉛筆を持って、カンバスの中に遊んだね。絵の中で徐々に僕たちは距離を縮めていって、最後には毎日じゃれあっていた。カンバスの中で笑う君と抱き合うと、僕は至福に包まれた。
 やがて君の身体と心は美しいまま僕の手の届かない場所へと引っ越していった。君は別れ際に僕を求めて泣いてくれた。切なかった。二人きりのとき僕も泣いた。少し恥ずかしいと思いながらね。
 カタリーナ。あの日の約束どおり、僕は君を忘れていない。だけど僕は嘘をついた。僕はもう二度と君に会うつもりはない。あの時は君も小さかったから、きっといつかあのかわいらしい約束も忘れてくれるだろうと思っていたんだ。
 君を今も心から愛している。
 でも、たとえ君が僕を人間と認めてくれても、僕は人でなしです。僕は今でも十歳以下の少女にけがらわしい欲望を抱いてしまうし、初潮を超えた女性は愛せません。変えられなかった。どんなに世間から責められても、生まれつき持ち合わせてきた性を全否定されること、また自分で全否定することほど辛いことはないのです。
 僕はどうすれば自分の望むセックスを手に入れることができるのだろう。
 ああ、やっと君とこういう話ができるようになったんだね。聞いてくれ。お願いだから聞いてくれ。僕は君に目を背けられることがこわいけど、それでも君が僕の話を聞いてくれることを、願わずにはいられなかったんだ。カタリーナ。お願いだ。
 小児愛者っていうんだ。誰もが僕の姿を見ては僕から目を背ける。

 僕を、いないことにしてしまいたいよね。僕はいなくなった方がいいよね。失うものが何もないと感じたとき僕は少女を襲うことを考える。
 お願いだ。何度も自殺しようとしたけど死ねなかった。何のために僕が生まれてきたのか教えてくれ。何のために僕が今生きて、ここにいるのか。教えてくれ。
 君の大いなる光に触れるまで、僕には助けを呼ぶ勇気すら出せなかった。誰が真の絶望を覆そうなどと思うだろう。助けを呼ぶことさえ考えられない、闇より重い吐き気がしそうな日常があるばかりだ。

 これが、醜い僕です。君の思い出を破壊し、まだ大人になりきれていない君にしがみつくような言動を残してしまったことを詫びます。聞いてくれてありがとう。僕は、今の君の中にあの時の女神のような優しさが残っていることを期待しました。
 僕は君に出会えて幸福でした。少なくとも、愛する少女に出会えなかった人々よりは。──ありがとう。さようなら。”

” 愛をこめて。 フランシス・ヘンリー”



 手紙は清書されており、書いている途中でどのように男が苦悶を感じたのか、カタリーナには悟らせないようにできていた。カタリーナは手紙を読みながら、自分が女としておかしいのかと迷うこともあった。自分が愛そうとしている男は変態なのだろうか。自分があの男としたカンバスの旅は、変態的なことだったのか。今から自分がやろうとしていることは全ての女たちから後ろ指を指されるようなことなのか。
 でも、違う。カタリーナは年頃の少女として同年代の色恋とゴシップの海を泳いできている。彼女は思う。本当に許せないのは女をモノ扱いして何とも思わない、例えばあの子が酷い目にあったっていうあの先輩みたいな、あるいはセクハラして悪びれないあの数学教師みたいなクズ野郎のことだわ──たとえ男性とセックスと暴力がもともと三位一体で切り離せないものであったとしても、彼は暴力を私に見せないよう努力して、多分やり抜いてくれた。
 第一、彼とはもうあんなに濃密な時間を過ごしてしまった。あの歳の差を越えた深い観念の交歓をあやまちと呼ばなくて何なの。あんなこと、他のどの男でもできやしないわ。他の人じゃ駄目。彼との愛を完成させたい。

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